千花が言うと、隼人は唖然として言葉にならないようだった。千花はまず両親を味方につけた。やはり隼人を夫だと思えないこと。できれば、自分が本当に好きになった人と結婚したいと相談していた。母は、やはり紫藤家との縁談は間違いだったと考えたらしい。離婚に賛成してくれた。有川家の事業は畳むつもりだから、こちらについては考えなくてもいいと両親から言われている。

「それで兄貴のところにでも行くのか? 兄貴に助けてもらうのかよ」
「ねぇ、さっきからどうして基紀お兄ちゃんの名前が出てくるの!?」
「お前は兄貴が好きなんだろうが!」
「な……っ、そんなわけない! なに言ってるの!?」
「そんなわけない? 結納を交わすとき、お前、兄貴と二人きりで部屋にいたな? なにをしていた?」
「なにをって……」

 死に戻る前のことだ。千花の中では一度目と二度目の記憶がごっちゃになっていて、思い出すのに苦労した。
 たしかあの日は、基紀に呼びだされていたから少し早めに紫藤家を訪れたのだ。
 そこで基紀と希美からのプレゼントをもらった。それだけだ。

「基紀お兄ちゃんに、プレゼントをもらったよ。でも、それだけ」
「俺が見たときには後ろから抱き締められていたが」
「後ろから? それって……あ」
「思い出したか?」

 基紀に揶揄われたのだ。自分は不器用だからあとで髪型が崩れてくるかもしれないと。そうしたら隼人に直してもらえと。
 千花はそれを思い出し、頬を染めた。すると隼人が不機嫌そうに舌打ちをした。

「やっぱり、そうじゃねぇかよ」
「……違うわよっ。基紀お兄ちゃんと希美ちゃんに髪留めをもらったの。鏡がなかったからつけてもらってた。ほかにはなにもないっ。そんなことどうでもいいじゃない。私は、隼人に迷惑をかけるつもりはない! 結婚したときから離婚に向けて動いてたから、準備は済んでるの。だから……っ」
「最初から離婚を決めていたと言うのか? 有川家のためでもないなら、どうして俺との結婚を承諾した!」

 あとは離婚届を書いてくれればいいだけ、そう言おうとするのを遮り、隼人が叫ぶように言った。傷ついているのは自分なのに、どうしてか彼の方が傷ついた顔をする。
 もしかして基紀と自分が特別な関係にあったと勘違いしていたのだろうか。
 それこそまさか、だ。基紀は希美しか見えていない。そんなのそばにいればわかるじゃないか。

「それは……」

 千花は口ごもった。
 最初は隼人と上手く夫婦関係を築けると思っていた。けれど、自分の努力はすべて無駄だった。そして千花は死んでしまった。
 時を戻してくれるなら、隼人との結婚を承諾する前にしてほしかった、と千花だって思っている。けれど、自分は死に戻りしただなんて言って、信じてもらえるとも思えない。