「私はね、好きな人に愛し愛される結婚がしたいって言ってるの。この生活がそうだって言える?」
「愛されたいだと? どの口が……っ」

 隼人は憎々しげに顔を歪ませると、千花を鋭い目で見据えた。そこまで嫌っていて、なぜ夫婦生活を継続しようとするのか。
 もういない祖父の約束を守らなくとも誰も恨みはしない。紫藤の祖父だって、隼人と自分の夫婦生活を見たら、離れた方がいいと言うはずである。

「俺と別れて兄貴と再婚する気か? 俺がそんなことを許すと思っているのか!」

 隼人が大声で言った。どうして基紀の名前がここで出てくるのだろう。
 今は自分たちの結婚について話をしているのに。

「なに言ってるの? 基紀お兄ちゃんは関係ないでしょ?」
「ならなぜ、離婚届の証人欄に兄貴の名前が入ってる! 希美まで巻きこみやがって!」
「私が二人に頼んだからに決まってるじゃない。早く離婚届にサインしてくれないかな? 明日にも出してきたいから」

 千花はうんざりした顔で言った。離婚届を彼の方へ押しやる。すると、あろうことか隼人は離婚届を手にしてビリビリに破いた。

「なにするの!」
「離婚はしない。第一にこの結婚は政略だ。離婚して困るのはそちらだろう」

 暗に有川家が手がけている事業について言っているのだと察した。
 この一年、離婚に向けて準備をしてきたのだ。千花に抜かりはない。前回のような後悔はしないように、自分の幸せに向けて動いていた。

「あぁ……それなら問題ないよ。お父さんにもお母さんにも隼人と離婚する許可はもらってるから。有川家への援助はなくても平気。大きな借金を背負う前に事業を畳んで、べつに働き先を見つけることになってるの」