もういやだ。彼を好きな気持ちごと忘れてしまいたい。また傷つきたくない。
 なぜ死んだ自分がもう一度やり直しているのかはわからない。
 けれど、これは神様がくれたチャンスだと思おう。もし今世も同じ日々の繰り返しになるのなら、今度こそ自分と彼の幸せのために生きていけばいいのではないか。

(一年で終わるってわかってるんだもの。来年の結婚記念日、隼人を解放してあげよう。それで、私は自分の幸せを考えよう)

 今度は隼人のためにではない。自分ために頑張ろう。
 千花はそう決めて、目を瞑った。


 隼人と結婚して半年が経った。
 料理も掃除も洗濯も紫藤家から来ている家政婦に任せている。千花は自分の食事を温めると、ダイニングテーブルについた。
 隼人が早く帰ってくる日などないから、二度目の結婚生活をしている千花は、今世では一人暮らしだと思うようにして好きに過ごしていた。
 ただ、隼人の金を好きに使うのだけは憚られて、寿退社はせずに働き続けている。
 隼人は千花が九時から十七時まで働いていてもまるで興味なしだ。おそらく気づいてもいない。どれだけ彼が自分に興味ないかが察せられるというものだ。

「いただきまーす」

 今日の食事も非常に手が込んでいる。牛肉の煮込みにポタージュ。海鮮のマリネはいい感じに味が染みていて、食が進む。
 すると、珍しく隼人が早く帰ってきた。

「おかえりなさい」

 千花はリビングのドアに目を向けて、にっこりと笑った。
 一年後に離婚しようと思うと気が楽だ。前回のように頑張らないで済む。その方が隼人にとっても負担ではないと今さら気づいた。

(なんで前は気づかなかったんだろう。嫌いな女にあれこれ世話を焼かれてもウザいだけだもんね)

 どうして隼人が冷たくなったのかは千花にはわからないが、一つだけたしかなことがある。彼は自分を愛していない。むしろ嫌っている、ということ。

「……あぁ」

 彼は一瞬、不気味なものでも見たような顔をした。千花はさっさと食事を終えてしまおうと、食べるスピードを速める。
 千花がここに座っていると隼人は気が抜けない。一緒に暮らしていて互いに生活時間をずらすことが、一年を無事に乗り切るコツだと一ヶ月で悟った。

「もう、食べ終わったのか?」

 珍しく隼人から話しかけてきた。
 こんなこと前回にあっただろうか。千花は答えるのも忘れて考え込む。

「千花?」
「え、あ、ごめん。うん、食べ終わった。用意しようか?」

 千花が聞くと、隼人は首を横に振った。

「いや、いい。自分でやる。お前も仕事で疲れてるだろう?」

 まさか、隼人が知っているとは思わなかった。千花がぽかんと口を開けていることに気づいたのか、隼人が薄く笑った。

「知ってるに決まってるだろ」
「あ、そう」