第二章


 千花は、急激な身体の痛みに襲われた瞬間、咄嗟に目を瞑っていた。
 目を開けると、どうしてかタキシードに身を包んだ隼人が、こちらを見て微笑んでいた。

「綺麗だな」

 これは、自分と隼人の結婚式ではないか。
 もしかしたら夢でも見ていたのでは。
 おかしな夢だ。幼馴染みである彼に冷たくあしらわれる夢を見るなど。
 今、結婚式を挙げているのに。それに、隼人はこんなにも優しい笑顔をこちらに向けてくれているではないか。

 滞りなく挙式披露宴が終わった。
 異変に気づいたのは、ホテルの部屋についてからだ。

「隼人、お疲れ様! お風呂先に……隼人?」

 長時間、濃い化粧をしていたため早く落としたいが、紫藤家の関係者に囲まれていた隼人の疲れは千花の比ではないだろう。
 先に風呂に入って、今日は早く休んだ方がいいのではと思い、声をかけた。しかし、隼人は先ほどの披露宴での笑顔がうそのように、こちらを見ることなく言った。

「俺はあとでいい。お前が先に入れ」
「え、あ、うん。ありがとう。じゃあ、お先に」

 千花はなにかがおかしいと思いながらも、買ったばかりの下着を取りだし、この日のために奮発した基礎化粧品を準備してバスルームに足を踏み入れる。
 疲れているだろうからバスタブに湯を溜めておこう。ホテルに備え付けてある入浴剤を入れて、自分はその間にシャワーを浴びる。
 スプレーでがちがちに固められた髪をなんとか解きほぐし、髪を洗う。トリートメントまでしっかりして、身体を洗った。
 高いヒールを履いていたからふくらはぎがぱんぱんだ。バスタブを見ると半分ほど湯が溜まっている。非常に惹かれるけれど、浸かるのはやめておいた。

(だって、同じお湯に入るなんて、恥ずかしすぎるし……っ)

 自分が入った湯に彼が入るのを想像しただけで頬が熱くなる。タオルを取って身体を拭き、用意した基礎化粧品で肌を整えた。
 披露宴を終えたばかりで隼人も疲れているとは思うが、一応今日は初夜だ。もしかしたら、と期待してしまうのは当然だろう。
 いつも以上に身体のケアを入念にしたあと、バスローブをちらりと見る。一度くらい着てみたいという気持ちはあるが、ちょっと積極的すぎる気もして、結局、持ってきたパジャマに袖を通した。

 バスルームを出ると、隼人はスマートフォンを弄っていた。そしてこちらに視線を送ることなく、鞄の中にスマートフォンをしまい立ち上がった。
 すれ違う際にも、彼の目は千花を一瞥することもなかった。

(あれ……私、この光景、どこかで……)