締め切った寝室のドアを見つめながら、千花は声も出さずに涙をこぼした。
 苦しくてたまらなかった。これ以上、頑張れるかが、もうわからなかった。逃げだしてしまいたい。結婚なんてなかったことにできたら。
 千花は涙を拭くこともせずにキッチンに立った。作ったケーキを冷蔵庫から出し、フォークも使わずに手づかみでぐしゃりと掴む。
 それを無理矢理、自分の口に押し込んだ。

「ふ……ぐ、ぅ……っ」

 嗚咽が漏れる。涙と鼻水が出て、口からはぼろぼろとスポンジが崩れて落ちた。
 それでも口に詰め込むのをやめられない。手のひらは生クリームでぐちゃぐちゃで、顔は生クリームとスポンジ、それに涙と鼻水で汚かった。
 隼人に見つかったら、ついに頭がおかしくなったとでも思われるだろうか。そうしたら少しは心配してくれないだろうか。愚かにもいまだに期待している。

 千花は、顔を拭うこともせずにふらふらと外に出た。
 とても隼人と同じ部屋にはいられなかった。いたくなかった。
 行く当てなんてどこにもない。
 実家は紫藤家の援助を受けているのだ。実家になんて帰れるはずもない。

 どこか深夜にやっている店で時間を潰そうと思っても、スマートフォンどころか財布すら持ってきていなかった。
 それに口の周りが気持ち悪くて手で擦れば、生クリームがべっとりとついている。

「馬鹿だな……私」

 こんな状態が続くのならば、離婚を申し出ればいい。
 幼馴染みである彼に萎縮しているなんて自分らしくない。
 彼だっていつまでもこのままでいるつもりはないだろう。だから、ケンカになったとしても、隼人がなにを考えているのかを聞いて、どうしようもないほど修復不可能だったら、離婚を申し出よう。
 千花は道路を半分ほど渡りながら、決意を込めて拳を握り締める。
 そのとき、目の前が真っ白に染まり、なにかの衝撃が身体を襲った。