恋愛をできない人間は青春を謳歌できないのか。

とある昼休み、俺は目の前の男子生徒の言葉に疑問を抱く。
「いやさ、澄野先輩ってかわいいじゃん?」
「皇は本当に澄野先輩が好きだね。」
「もうドストライク!」
「はいはい。人生楽しそうで何より。」
「鹿谷も恋すれば分かるよ‼︎青春!青春!」
「…」
返事をせず、もぐ、と卵焼きを食べる。恋愛。俺はそれに縁があるのだろうか。目の前でベラベラと話を続ける皇をチラリと見て、自分の箸に視線を戻す。漫画のような熱血な部活動も青春には含まれるだろう。俺は熱血な部活動って感じでもないけど。
「なぁ、鹿谷の弁当のさ、それ何?」
皇が俺の弁当を指さす。
「冷食のミニグラタンだけど。」
「へぇ!一口ちょうだい!」
「ん。」
ずい、と皇の方に弁当箱を押すと、パクりと皇がミニグラタンを食べる。
「うわ、うっま!オレ、これ買お!」
皇が言った。そう。俺にとって『恋愛』は『食べたことのない食べ物』と同じだ。食べたことがない食べ物を欲しくてたまらないとはならない。味を知ってるから欲しくなる。恋愛を経験したことがないから、恋をしたいとは思えない。へぇ、そんなにいいものなのか、と思うだけ。
「鹿谷は今日、部室行くの?」
皇が箸を止め、俺を見た。

放課後、俺は1人部室にいた。特にやることもないので椅子に座り、壁を見る。
「…」
壁に貼ってある写真。どれも綺麗だけど、俺は1枚の写真を見た。淡い虹色の空の写真だ。彩雲というらしい。『恋愛をすると世界が虹色に輝いて見える!』と皇が言っているのを聞いた時は「なんだそれ、やばくないか?」と思ったが、こういう感じなんだろうか。
「…俺には正解は分からないけど。」
1人つぶやいた。そのときに足音が近づき、部室の扉が開く。
「お?誰かいるじゃ―ん。って、鹿谷か。」
「高梨先輩…こんにちは。」
「はーい、こんにちは。って、それ見てんの?好きだね〜。」
少し呆れたように高梨先輩が言う。
「撮ったの先輩じゃないですか。」
「まぁね。気に入ってくれてるのはうれしいけど、写真部なんだから、見るんじゃなくて撮ってきなよ。」
高梨先輩はカメラだけ取り出して、学生鞄を放るように机に置いた。カメラをカチャカチャと操作しながら、給湯器に水を入れ、セットすると、空いている椅子に座る。
「この写真撮る時、何考えてたんですか?」
ふと気になり、聞いた。
「んー?」
カメラのボタンを操作しながら生返事をする先輩。
「この空見て、何を思ったんですか?」
もう一度、聞いた。先輩がボタンを操作する手を止める。
「何色なんだろ…って。」
「は?」
「あ、いや…」
誤解を解くように手を振る高梨先輩。カメラを置いて写真の前に立つ。
「大体の人は虹色って言うけどさ。澄野はこれを『夢色〜』って言ったりするわけ。天気に詳しい人はどういう条件でこれを見れるか分かるだろうけど、そうじゃない人は、虹の出るときに見れるのか、夕方に見れるのか、それとも朝方なのか…そんな感じだからさ。」
すっと指で写真をなぞる先輩。
「みんなから見るこの写真は、どんなときの何に見えるんだろうって考えたかな。見る人によって違う写真、みたいな?」
先輩の目に虹色が映る。高梨先輩がパチリと瞬きをした。
「皇は恋すると世界が虹色に輝いて見えるそうですよ。」
そういうと、先輩が、ふは、と笑った。
「言いそうだね〜。じゃあ、こんな感じなんだ。」
そう言いながら、改めて写真をみた。
「いいね。恋をした世界に見えるってのも。人によってどんな風に見えるか分からないから、タイトルつけたりラベリングしない方が面白いよね。」
うんうんと言いながら、先輩はカメラを仕舞い、チラリと給湯器を見て、お湯が沸いたのを確認する。

『恋愛出来ないなんて』。そう思われるのがほとんどだ。でも、もし。

鼻歌を歌いながら、ココアの粉をコップに入れる高梨先輩を見た。小さく聞こえる鼻歌は、流行りの恋愛ソングだろう。少し音程が違うのは、音痴なのかアレンジなのか。

「俺、恋愛出来ないんですよね。」
なんで俺は高梨先輩に言ったのだろう。俺にさえ分からないこの気持ちは、人によって見え方が違うのだろうか。