校内の男子生徒たちがそわそわしていた1ヶ月前。
今日は校内の乙女たちがそわそわする日である。そんな雰囲気もなく、彼らはいつも通り部室に集まっていた。
「ほい、できた。ココア。」
「ありがとうございます。」
「あざーす。」
私はココアを淹れて、鹿谷と皇の前に置いた。自分のマグカップにもなみなみ注ぎ、椅子に座る。
「あ、高梨先輩これ。」
鹿谷がカバンからお菓子をだした。
「お、気が利くじゃーん。どしたの?どこのお土産?」
マカロンだ。可愛く包装されたそれを一つ取り出し、パクリと口に入れる。しゅわしゅわとマカロンのメレンゲが口の中で柔らかく崩れた。
「ホワイトデーです。」
「ぶっ⁉︎…いや、食べちゃったじゃん⁉︎」
鹿谷の一言に吹き出す私。あら♡とでも言いたげな皇が口に手を当てている。待て待て。
「私、バレンタインあげてない!」
「はぁ…?」
「なんで不思議そうなんだよ‼︎なになに、怖い!いらんいらん!」
「なぜ関西弁?」
残ったマカロンを返そうとするも受け取らない鹿谷。
「なんで返すんですか。高梨先輩、他の後輩からもらってたじゃないですか。俺だけ返却は無しでしょ。」
「バレンタインに、女の子から、ね⁉︎」
委員会に入っていたり、多少人の面倒をみてたりすると、私のことを姉のように慕ってくれている後輩は「いつもありがとうございます!」とバレンタインに手作りのお菓子をくれたりする。それはクラスメイトと友チョコを交換する際の副産物だったり…なんというか、もっとライトなものなのだ。ちなみに普段のお礼だからお返しはいらない、というお言葉に甘えさせていただいたのでホワイトデーも私はノータッチだ。
「高梨先輩、類沢さんからもバレンタイン貰ってた。」
皇、余計なことを言うんじゃない。眉根を寄せる鹿谷。
「本命じゃないですか。」
「断ったら、目の前で一口食べてくれたら満足だからって押し切られたんだよ。」
「いや、怖いな。」
鹿谷がつぶやく。それは同感。一応、類沢さんのために言っておくが普通の手作りトリュフだった。
「まぁ、とりあえず、あげてないのにホワイトデーは受け取れないよ。お返しの日なんだし。」
「くれたじゃないですか、バレンタインにココア。」
「部室でな⁉︎今日も作ってやっただろ。そういうの、自意識過剰だぞ‼︎」
「大丈夫、オレは用意してないですよ!」
「お前は私にもうちょっと感謝しろよ。」
真面目な顔の鹿谷と元気にいう皇。この後輩共は…。
「普段のお礼とかなら、何でもない日でいいじゃん…。」
もうイベントという日にさえ疑問を覚える。
「何でもない日の花束とかがご所望らしいぞ、鹿谷。」
「花がいいんですか?意外ですね。」
「いや、意外は失礼すぎるだろ。言ってないし。」
何でもない日の花束とか『いつまでも恋人らしく過ごす夫婦』かよ。
「皇、お前は人の間に入って話すな。恋愛解釈スピーカー人間が…」
つぶやきながら頭を抱える。部室の扉がガラリと開いた。
「やっほ〜。遅くなっちゃった!」
「澄野先輩!」
部室に入ってきた澄野に目を輝かせる皇。
「澄野、荷物すごくない?」
「色んな人にバレンタイン渡してたから色んな人からお返しもらっちゃった!」
ニコニコと紙袋を掲げる澄野。色んな人にバレンタインを渡した甘いものが好きな彼女にはホワイトデーは最高なのだろう。
「あれ?高梨もお返しもらってる。バレンタイン誰にもあげてないって言ってたのに。」
澄野がマカロンを指さす。
「これはホワイトデーじゃないよ。」
「ホワイトデーです。」
「鹿谷の愛です。」
「なんで意見分かれてるの?」
私、鹿谷、皇を呆れたように見る。呆れてるのは私だよ。
「あ!澄野先輩!オレ、先輩にホワイトデー持ってきてて…‼︎」
カバンをひっくり返すようにして漁る皇。スッカスカのカバンから溢れんばかりのリボンがつけられた豪華なラッピングが施されているお菓子を取り出す。
「これ…‼︎」
「嘘⁉︎これ、買えたの…⁉︎買おうとしてもお店に入るまでも整理券が必要なとこのだよね⁉︎」
何やら、皇は張り切りまくったようだ。
「バレンタイン、澄野先輩にもらえたのうれしすぎて…オレ、頑張っちゃいました!」
「きゃー‼︎♡最高‼︎」
盛り上がる2人。天国にでも羽ばたきそうな雰囲気だ。
「これ、彼氏と食べたいって話してたやつなんだよね〜!」
澄野の一言で地獄になった。崩れ落ちる皇。いや、彼氏いるって何度も言ってんじゃん。いまだお菓子を抱えて天国気分の澄野と地面に溶けてそのまま地獄に行ってしまいそうな皇を放置する。
「ねぇ、こういうの、困る。」
鹿谷に小さい声で伝えた。唇を尖らせて不満を主張する。
「?」
「いや、こういうの。私のこと好きなフリ?しかも、むっちゃ露骨だし。ここまでする必要ないじゃん?」
マカロンを指さす。
「ふぅん。」
鹿谷が肘を突き、手の甲に顎を乗せた。少し考える素振り。
「なんというか。恋愛とかではないんですけど…」
「うん?」
「好きなフリしてる間に、高梨先輩がこういうので困る姿がクセになりまして。」
「は?」
なんだと。鹿谷がにこりと上品に笑う。
「高梨先輩のことが好きって言っていれば、他の人に恋愛を強要されないし、普段余裕ぶってる高梨先輩の困り顔が見れて、一石二鳥ってやつですね〜。」
性格悪‼︎え、びっくりした。そんなことある⁉︎
「こういうのを続けて、私に好きになられたらどうする気なの?」
「え、俺のこと好きになるんですか?」
自分の身を守るように腕を組む鹿谷。失礼すぎないか?
「あ〜もう、あっそ。もういいや…はぁ、頭いた…」
怒りの度が過ぎて、頭が爆発しそうに痛くなる…。地面に溶けきった皇を見た。お前より私の方が可哀想だろ…。澄野が鹿谷に話しかける。
「鹿谷、高梨からはバレンタイン貰ってたんだ〜。バレンタインの日、やっと見つけて、チョコあげようとしたら『俺、こういうの受け取ってなくって…』って言うんだもん。全員からもらってないと思ってたよ〜。手作りダメだった?」
「手作り自体も理由ですけど、基本断っているので、来年も大丈夫ですよ。」
「そうっすよ!こいつバレンタイン当日は机と靴箱に『飲食物禁止』って貼ってるんでいらないっす!高梨先輩だけでいいんすよ!」
溶けたままの皇が叫ぶ。しゃべるな液体。
「え、やだ♡そうなの?」
澄野がキャッ♡と言う。
「最後のは鹿谷は絶対言ってないし。」
恋愛脳たちにより、誤解が広がっていく。卒業までに噂なくなるかな…。
「というか、手作り無理なの?飲み物とはいえココア、私が作って大丈夫?次から自分で作る?」
「流石に飲み物は大丈夫ですよ。」
ふーふーと冷ましてから目の前でココアを飲む鹿谷。コクリ、と飲み込んでから、あ、と何か思いついた表情になった。
「バレンタインにココアなんて作ってくれるから期待しちゃったなー。俺の純情弄ばれた〜。せめて用意したマカロンを受け取ってくれるだけでも、俺は…」
くすんくすん、と急に泣き真似をする鹿谷。
「はぁ?何…急に、だからココアなんてこの時期なら毎回…」
「分かるよ!鹿谷…‼︎」
皇が人型に戻り、鹿谷の隣に座る。
「オレだって、バレンタインに澄野先輩にチョコをもらったとき、これはまさか…って思った‼︎しかも、お前の場合はツンデレ…いや、ツンドラ女の高梨先輩‼︎ココアだって裏の裏をかいたバレンタイン用だと思うよな⁉︎」
「ツンドラて…私は冷徹人間かよ。あと、裏の裏なら表じゃんか。」
「でもこれはぁ、高梨が悪いかも?」
「澄野までそんなこと言う⁉︎」
彼氏持ちが色んなところにバレンタインのチョコばら撒くより悪いの⁉︎
「…あぁ〜もう、分かったよ‼︎お菓子に罪はないしね⁉︎」
マカロンの包装を戻し、抱える。
「鹿谷!これでいいんでしょ‼︎ありがとう‼︎」
少しヤケクソ気味だけど、お礼は言っておく。ピタリと泣き真似をやめる鹿谷。
「罪な女だよね〜高梨。」
ポン、と肩に手を乗せる澄野。
「ぜったい、私は悪くないのに…」
結局、私の潔白を証明してくれる人はいなかったのだった。