君はあのときなんで私に自分の秘密を言ったのだろう。

「俺、恋愛出来ないんですよね。」
写真部の少し薄暗い部屋で、さらりと黒髪が揺れる。
「何?モテない〜って話?」
茶化すように言ったら睨まれた。秋になって少しひんやりした部室が彼の冷たい視線によって、さらに寒くなった気がした。目を逸らして両手をあげる。はいはい。ジョークですよ。

「恋愛感情がないってことです。」
真面目に返してくる。それもそうか、彼、鹿谷(ろくや)はモテないわけではない。サラサラで程よい長さの黒髪、きめ細かく白い肌で、目は男の子にしては大きめでぱっちりとしている。そして細身。弱そうと言ってしまえばそうだが、身長はそこそこあるし、綺麗でいかにもな草食系男子だ。近くに部室がある吹奏楽部の子たちは、彼を王子と呼んでるらしい。部室に勝手に持ち込んだ給湯器からコップにお湯を注ぐ。ココアを作るなら牛乳が良かったなと考えながらコップを傾け、ぐびりと音を立てた後、
「そういうこともあるんじゃない?」
と一言だけ返した。
「高梨先輩、適当に聞いてます?」
高梨(たかなし)先輩は私のことだ。そして、適当に聞いているわけではない。
「いや、鹿谷が気にしないならいいじゃん。」
これも本気。本人が気にしないなら恋愛は人生に必須じゃない。しかし、本人的には重大な発表だったようで、適当に流したと疑う彼の視線は他の部員が来るまでは私に向けられていた。