悪魔(ラスト)の掃討は、最後までディートハルト兄上と、ダグラスやスカーレットに任せてしまった。亜空間で存在が消滅するのを確認したそうだ。
 おそらく精神支配の魔導具、《蝴蝶乃悪夢(バタフライ・ナイトメア)》の核になっていたのは、悪魔(ラスト)の血で作られたのだろう。彼女の死によって精神支配の能力も消えたはずなのに、オリビアが目を覚ますことは無かった。
 このまま眠ったままなのではないか、そう不安で押し潰されそうになったけれど、私の手を握り返すオリビアを見て、彼女も戦っているのだと辛抱強く待つことを決めた。
 百年待ったのだ。数日、数カ月なんてあっという間だ。

 ある日、たまたま疲れて──無意識にベッドにもぐりこんで寝てしまった。そんな時、オリビアは自分から寄り添ってくれて抱き寄せた。

「オリビア、私はここにいますよ」

 私の体温に安堵したのか、ふにゃりと笑ったオリビアは愛おしくてたまらなかった。
 オリビアが眠っている間に竜魔王代行を兄上に返上し、王弟として支える形でグラシェ国中に正式に発表をした。
 側室にしていた第二姫殿下ミアと第三姫殿下リリアンは、兄王が不在中に暴挙に走った数々を公にして処罰した旨も語った。それから数日間は盛大なパーティーを開き私が婚約していることも公表したものの、オリビアの姿がないことで半信半疑に受け取る者が多かった。
 不遜にも私に声をかけてくる他種族の令嬢たちがいたが全て断った。厚顔無恥な令嬢に腹立たしく思ったが、オリビアが目覚めたらさっさと式を挙げてしまおう。
 パーティーも最初だけ参加して、さっさとオリビアの眠る部屋に戻った。

 オリビアが目を覚ましたのは一カ月経った頃だった。
 本人的には数時間のような感覚だったそうだ。
 宮廷治癒士のローレンスと共に診察を受ける。悪夢の脅威は予想以上で、私と過ごしていた時間が夢で、現実が一人きりだと話してくれた。

 正直、ショックだった。
 これ以上、傷つけないし一人にしないと誓ったのに、自分は本当に口先だけなのだと落ち込んでいたが、オリビアにとってはそうではなかった。
 私が傍にいる、一緒にいた時間が宝物だと言ってくれた。
 私のささくれだった心を癒すのはいつだってオリビアだ。
 彼女を甘やかして、安心させたいと言いながら一番甘えて、安心しているのは自分だ。彼女から貰ったものは多すぎて、返したいのに貰うものがどんどん増えていく。

 執務室でここ百年の仕事の引継ぎをしていると、控えめなノックに手が止まった。この匂いは──そう思い、部屋に入る許可を出した。案の定、おっかなびっくりしつつも姿を見せたのはオリビアと、兄王の王妃クロエ殿だった。二人揃って現れたことで、私と兄上の表情が一瞬で緩む。

「オリビア様がクッキーを焼くというので、一緒に作ってみたの。仕事の息抜きにいかがかしら」
「もちろん、大歓迎だよ。そうだろう、セドリック」
「オリビアの手作り! それに自分から私の部屋を訪れるなんて……!」

 歓喜のあまり、幸せを噛みしめる。横で「百年経っても変わらないな」と兄上は冷静で余裕のあるように見えるが、尻尾は狂喜乱舞しているので感情を隠しきれていない。
 結局のところ、自分の愛しい人からの贈り物や愛情には弱い種族なのだ。父上もあんな強面だけれど母上のことになると骨抜きである。

「リヴィ、オレこのチョコのクッキーが食べたい」
「私はイチゴの」
「ふふっ、はい」

 ソファに座ってお茶の準備をしていると、ダグラスとスカーレットが黒猫とウサギの姿で乱入してオリビアにお菓子を強請っていた。
 一気に幸せな気持ちから嫉妬の炎がメラメラと噴き出す。というか当たり前のようにオリビアに肩に乗って頬ずり、膝の上でそれぞれくつろいでいる。