真っ白な場所。
 雪が積もったとかではなく、上も下も右も左も真っ白で、どこまでも続いている。また夢の中だろうか。けれど寒くも痛くもない。

「あのね、あのね。お姉さん」

 振り返ると小さな女の子が立っていた。
 顔や見た目が認識できないが、確かに女の子の声だ。二、三歳ぐらいの小さな子は私を見上げているので、屈んで同じ目線になろうと膝を落とした。

「どうしたの? 迷子? お母さんかお父さんは?」
「いない。ずっと、ずっと。私の言うことを聞いてくれる人はいっぱいいたけど、温かくて、優しくて、満たしてくれるものをずっと探しているのに、ずっと見つからないの。誰も彼もがみんな私を置いて逝く」

 泣きじゃくる女の子は、過去の愛されたいと願う自分の姿とダブった。
 愛されたくて、褒めて、傍にいてほしくて──自分のできることを周囲にアピールして認めてもらおうとした。
 でもそうじゃなくて、ありのままの私が傍に居るだけで笑ってくれる人がいた。
 たいしたことじゃなくて、ほんの些細なことで喜んで、一緒に笑ってくれる人がいたのだ。
 私を大事にしてくれるから、私も大事にしたいと思えた。

「自分自身と同じくらい他の人を大事にしてくれる人と出会えば、きっとその願いは叶うと思う。私がそうだったもの」
「──は、絶望しないの?」
「え」
「どうして絶望しないの? 家族にも裏切られて、搾取されて、功績も奪われて、居場所も失って、大切な人ができても記憶も何もかも忘れて、婚約者に利用されて、繰り返して、だれも貴女を必要としていないのに、どうして、ねえ、どうして。愛していると言われた人たちから拒絶されて、顔も合わさずに離れて、遠ざかっているのに───それでもなんで、どうして、絶望しないの!?」
「…………」
「絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、ねえ!」

 女の子は癇癪を起して、私に叫ぶ。
 彼女は泣きながら発狂していた。わんわん泣いて、叫んで、罵倒する。
 確かにグラシェ国に来た頃の私だったら絶望して、死を望んでいただろう。
 でも──。

「私だってつらくて、苦しくて、嫌だって思う時はあるよ。でも、それだけじゃない。私を大切にして愛してくれた人との思い出が私の心をずっと支えて、照らしてくれる。たとえ淡い夢だったとしても、あの幸福な時間を私は忘れない」
「幸福な……時間」
「……セドリックに愛された。その思い出だけで生きていける。あの人は私の心を丸ごと救ってくれた。前を向いて歩けるように、勇気をくれた。……だから、私は絶望の淵にいても、……必要とされなくなって、別れを選んでも……絶望で前が真っ暗でも、立ち止まって蹲ってしまうけれど、また歩き出すわ。命ある限り生きていく」

 最後の瞬間まで。
 そうしたらフランの元に逝ったとしても、胸を張っていられる。

(たとえ、セドリック様の隣に居られなくなったとしても……)
「──っ、絶望して、絶望してよ。やっとあの味の魂と同じ人と出会えたのに! 馬鹿みたいに優しくて、温かい人たち! その人たちが絶望した時、とっても魂が甘い味がしたの! あの味が食べたい。あの味を食べれば、()()()()()()()()()()()──」