油断。抱きかかえていたオリビアが居なくなった瞬間、温もりが感じられなかった。
何度失態を繰り返せばいいのだろう。
愚かにも慢心していた自分が腹立たしくて、苛立ってどうしようもない。
「オリビア!!」
気づけば抑えていた魔力を解放していた。
襲い来る触手、狼の魔物も、障害でしかないとわかった瞬間、魔法剣で切り裂いた。柘榴色の血飛沫が城を染めたが、そんなのはどうでもいい。
返り血など気にせず、斬って、薙ぎ払って、私の大切な者を奪った全てを殺し尽くす。
庭園に触手の塊が見え、匂いでオリビアがいるとわかった。
援軍を待たずに単騎で突っ込む。
(オリビア、どうか無事で──っ!)
剣一本で触手の壁を貫き、燃やし尽くす。中に彼女がいることを考慮して消し炭にしないように手加減をして中に突入する。
魔物は悲鳴を上げ襲い掛かるが遅い。中心部に進むと二つの匂いがあった。
一つはオリビアのものだ。
彼女の姿が見えた瞬間、少しだけ安堵した。
(外傷はない。ああ、よかった──)
だがまだ安心できない。オリビアを抱きしめて温もりを実感するまでは、怖くてしょうがない。人族は魔物の瘴気に当てられやすい。
内側に入ってしまえば、この有象無象に湧き出る触手に遠慮することない。
紅蓮の炎が走り、内側から触手そのものを燃やし尽くした。
轟音と共に青空が広がり、触手のみ黒い灰となって消え去る。
私は真っ先に彼女を抱きしめようとした。しかし乾いた音が庭園に響く。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
敵に攻撃されたらすぐにわかるというのに、この時の私には状況が読み取れず固まってしまった。
手を弾かれた──誰に?
私を拒絶した──誰が?
眼前に居るのは──私の愛しい人。
オリビアに化けているわけでも、ニセモノでもない。匂いでわかる。
私のことを求めている匂いがするのに、体が拒絶した──?
「オリ……ビア」
彼女の顔を見ると、表情が欠落して人形のようだ。あのアメジスト色の美しい瞳が濁って──私を見ていない。
(これは──精神支配の?)
「せっ……ド……ック……た……す……け……」
オリビアの魂が、心が、悲鳴を上げている。
誰だ。
彼女をこんな目に合わせた者は──。
そこで触手の内側に囚われていたもう一人の存在を思い出す。あまりにもちっぽけな魔力だったので気づくのが遅れた。その男は下卑た笑みで私とオリビアを見ていた。
(ああ、こいつか。こいつが、オリビアを──)
「オリビアも魔物で怯えたのでしょう。魔物の討伐がまだ終わっていないようなら私が彼女の傍で──」
今すぐ斬り捨ててしまいたかったが、もしこの男が精神支配の魔法あるいは魔導具でオリビアを操ろうとしているのなら、この男を庇ってオリビアが怪我を負ってしまうかもしれない。
それだけは駄目だ。
まずはオリビアの安全が優先しなくては。