なにか呟いたが、傍を離れた私には聞こえなかった。だが問題ない。精神支配はまだ完全とはいかないが初動確認は済んだ。

「オリビアも魔物で怯えたのでしょう。魔物の討伐がまだ終わっていないようなら私が彼女の傍で──」
「いや、結構だ」
「しかし」
「既に討伐は終わった。妻の体調が優れないので失礼する。……アドラ」
「ハッ」

 いつの間にか執事服の竜魔人族が音もなく姿を見せる。いくつか指示を出し、竜魔王代行は拒絶するオリビアを抱き上げて姿を消した。
 内心で舌打ちしつつも、魔導具が正常に働いているのをみて笑いが止まらなかった。手を弾かれ、拒絶された時のセドリックの顔。
 間抜けで、笑えた。
 なんと清々しい気分なのだろう。
 しかしエレノアや神官たちの姿が見えないが、別の場所に移動させられたのだろうか?
 庭園で合流し、魔導具の装着を手伝う算段だったはずなのに予定が狂った。

(まったく、役にも立たない奴らだ)

 そう思いながらも残っていた執事のアドラから、今日は泊まるようにと客室へと案内された。この男は礼節を弁えているようで、少しばかり溜飲も下がった。
 今日の夜にでもオリビアを呼び出し、残る魔導具を装着させ──ついでに夜を共にしようと妄想を膨らませた。


 ***悪魔(ラスト)の視点***


 ああ、私の愛しい果実(オリビア)が、さらなる輝きに満ちている。
 美しく、気高く、そしてまた希望というものを持ち始めた。
 それらをどうやって壊して、砕けさせて、絶望させよう。
 悲痛な声と涙は魂をさらなる甘美な味に変える。

 少しだけ味見をしてみたい。
 ようやく作り上げた私の最高傑作の魂。
 人族は脆いけれど時折、宝石に近い甘美な魂が存在する。
 ずっと、ずっと、狙っていた。
 ずっと、ずっと前から私のモノだった。

 誰が渡すものか。
 溢れかえる触手は私の魔力で作り出した使い魔。城中に生じ、目の前にあるものを丸呑みする。予定通りオリビアと王太子クリストファを触手の壁で隔離できた。
 私の感情に合わせて触手も狂喜乱舞して暴れ回っている。
 百年以上前からずっと狙っていた魂を食らうことができるのだから。
 本来ならあの時に彼女の魂を食らうはずだったのに。
 そう決まっていたのに。確たる運命を捻じ曲げたのはあまりにも儚い繋がりだった。
 熟れに熟れた魂。かぐわしい香りに酔いしれそうになる。

(ああ、このまま触手を使って、食べてしまおうかしら)

 思わず触手の一部が大きく口を開ける。
 我慢できずに食べてしまおうとした直後。
 エレノア()に攻撃する者が現れた。
 灰色の髪に、褐色の肌、騎士風の姿だがその背は私と同じ蝙蝠の羽根を生やしている。すぐさま同族だと分かるが、隣にいる天使と並んでいるのが腹立たしかった。