「私を奴隷のように扱う国に、温情をかける気持ちなど欠片もございません。三年あなた方の国が私を保護したと仰っていますが、その分の恩は錬金術及び付与魔法の依頼で補ってきました。これ以上、何かを要求するのであれば国として王妃に依頼をする──ということになりますが、その分の報酬を貴国では用意できるのでしょうか」
手が、唇が震えていたけれど、セドリック様が手を重ねて手を握ってくれた。彼に視線を向けると「よく言った」と微笑んでいる。
「我が妻の返答は今述べたとおりだ。妻にした仕打ちを聞いたときに一国を滅ぼしてもよいかと問うたが、オリビアは非常に慈悲深い。滅亡の危機を知らずに脱していたことを喜び、明日にでもここを立つといい」
クリストファ殿下はグッと拳を握りしめ、縋るような目で私に視線を向けた。その必死な形相に少し恐怖を覚えたが、目は逸らさなかった。
「……っ、では、せめて元婚約者として二人っきりで話を──」
「それは私に喧嘩を売っているのか? 今すぐその首と胴を切り離しても構わないが」
「──っ!」
「そ、それなら、同性であるわたくしも同席しますので、お話を──」
「オリビア、この者たちと個人的に話す気はありますか?」
穏やかにそして温かな視線を私に決定権を委ねてくれた。その気遣いが嬉しい。
「いいえ。言いたいことは先ほど言い終えましたので、特にありません」
「ということだ。我々は失礼する」
「お待ちください!」
明らかに拒絶をしているにも関わらず、クリストファ殿下とエレノア様は食い下がる。だが話はついた。セドリック様は立ち上がり、私を連れて部屋のドアへと向かった。
サーシャさんが扉のドアを開いた刹那。
轟音と爆音が城中に響き渡った。
周囲の空間を歪めるほどの魔力、いや猛りくるこの暴力的な殺意は──。
覚えていなくとも直感でわかった。
「魔物?」
「セドリック様、突如城内に異空間が裂け、魔物が──」
「こちら一階でも狼系の魔物が数体確認しました」
セドリック様はすぐさま私を抱き寄せ、的確な指示を出す。ふと客間にいたクリストファ殿下が笑みを浮かべているのが見えた。
何か知っている。そう直感した私は問いただそうとした──瞬間、客間の窓ガラスが割れ、赤紫色の巨大な触手が大量に部屋へとなだれ込んできた。
エレノア様や神官たちは悲鳴にも似た声を上げ呑まれた。クリストファ殿下も同じく触手に呑まれたが、まるでそれを事前に聞いていたかのような平静だったように見えた。私に触手が肉薄するが、セドリック様が斬り伏せ難を逃れた。私は必死でセドリック様に抱き着いたのだが、立っていた床に亀裂が入り触手が足を絡めとった。
「あっ」
「オリビア」
「セドリッ──」
抵抗する間もなく、私はセドリック様と引き剥がされ──そこで意識が途絶えた。