誰かに愛されたかった。
真っ黒な場所で、私の傍に居る人たちはたくさんの「おべっか」は言ってくれたけれど、「愛している」と心から言ってくれる人はいなかった。
誰かに抱きしめられた記憶はない。
大人になって、気づいたら甘え方も頼り方も分からなくなっていて。
誰かが頼ってくれるのが嬉しくて。
誰かが笑ってくれるのが心地よくて。
いいように利用されていると、どこかで分かっていても──断り切れなかった。
でもでもだって、ばかりだったと思う。
そうやって生きてきた私のことを、ちいさな、誰かが抱きしめてくれた。
心から「すき」だと言ってくれた。
あれは──誰だっただろう?
頬を摺り寄せて、「愛している」と口にして、とっても温かくて、安心できた。
ああ、他人の体温はこんなに温かくて、落ち着く。
甘えるのが下手だけれど、弱音の吐き方も分からないけれど、強がらなくていい。そう言ってくれる人と、ようやく、出会えた。
ちゃんと帰ってくるから、と誰かに言った気がする。
帰る場所があるんだって、わかったらなんでもできそう。
もう思い出せない、記憶が霞んで、霧散してしまうけれど、あれは──。
『────オリビア』そう、私を呼ぶのは──。
***
朝、目を覚ますとセドリック様が傍に居て、寝息をたてている姿に口元が緩んだ。
すっかり雨も止んでカーテンの隙間から眩しい日差しが差し込んでいた。
セドリック様を起こさないように、ベッドから出ようと動こうとした瞬間、体が動かない。身動ぎしてもびくともしない。しかしセドリック様の両腕は枕を抱きしめているので彼の腕ではない。──布団の中を見ると、尻尾が私の腹部に巻き付いていた。
(あ、うん。これは……抜け出せそうにない)
「ん~、オリビア」
幸せそうに寝言を呟くセドリック様に、ドキドキと胸の鼓動が煩い。
(こ、これは……もしかして病気? 動悸息切れ……何か、命に係わる)
「命に係わるかもしれません。ちなみに病名は《恋煩い》というらしいですよ」
「え」
さっきまで眠っていたはずのセドリック様は、どこか意地悪そうな笑顔でこちらを見ている。
コイワズライ。聞いただけで恐ろしそうな病名だ。
「そ、それはどんな恐ろしい症状が?」
「ため息が増えて、ぼーっとするらしい。あと食欲がなくなって涙もろくなるとか」
ぐう、とタイミングよくお腹が鳴った。
もう恥ずかしさで顔が熱くなる。
「……逆に食欲が増してしまうこともあるとか」
「な、治す方法は……あるのですか?」
「うん。……私にいっぱい愛されること、ですかね。やっぱり、ここは敬称なしで呼ぶところから始めてみては?」
なんだか昨日から同じことを催促されているような。
でも呼んだら、セドリック様は喜んでくれるだろうか。
「……セドリック…………」
「なんですか、オリビア」