次の瞬間、轟音が来ると思って両耳を塞ごうとしたのだが、松葉杖で立っていることを失念していて体がバランスを崩して傾く。
「あ」
「オリビア?」
唐突に扉が開き、倒れかけた私をセドリック様は素早く抱きよせた。バスローブを着ており、お風呂上りだろうか髪が僅かに濡れている。
「やっぱりオリビアだったのですね。一瞬、都合のいい幻聴かと思いました」
「あ、その。……こんな時間にすみません」
「とんでもない。貴女が困った時に助けられてよかったです。……それで、こんな時間にどうしたのです?」
濡れた髪を片手で掻き上げつつ、片腕で私を支えてくれるセドリック様にドギマギしながらも、ここに来た経緯を話そうとした瞬間──。
カーテンの隙間から真っ白な光が漏れ、私は反射的にセドリック様の胸元に抱きつく。
「ひゃっ」
「!」
セドリック様は硬直しつつも私をギュッと抱きしめ返してくれた。少し苦しいが彼の心臓の鼓動が聞こえてくる。石鹸とハーブの香りが鼻腔をくすぐった。
轟音が聞こえた気がしたが、彼の心臓の音で掻き消えた。
「…………ああ、オリビアは雷が苦手でしたか。それで私を頼って下さったのですか」
「は、はい……。一人で寝るのは怖くて……」
「可愛いですね。私を頼って下さって嬉しいです。これからはもっとたくさん私を頼ってくだい」
セドリック様は嬉しそうに頬擦りする。くすぐったいが、この三カ月で彼の溺愛を受け入れつつある自分がいた。ちょっとしたことでも「可愛い」とか「愛しています」とか溢れんばかりの愛情を注ぎこまれたら、いくら鈍い私でも彼が本気だと分かる。
何もわからないままエレジア国に保護されてクリストファ殿下の婚約者として、相応しくあろうと努力した。その成果が実るほど私の存在は雑に扱われて行き、外出もできないほど内職など多忙になっていった。
(セドリック様は……本当に私のことを気遣って、大事にしてくれる)
「ああ、そうだ。私の傍に居れば防音魔法を使って雷の音を消すことができますので、ご一緒してもよろしいでしょうか」
「本当ですか。よろしくお願いいたします!」
ちょっと必死過ぎたかもしれないが、セドリック様の顔を見ると紺藍色の瞳が暗がりの中でも美しい宝石のように煌めく。
私の胸を射抜くような熱のこもった視線にドキリとしてしまう。私を横抱きにして私のベッドではなく、セドリック様の部屋の寝室へと歩き出した。
「ではこちらで。私の部屋の方がベッドも広いですし……。あ、前回の失敗を活かしてクッションで寝る場所を区切りますから、不用意に抱きしめて添い寝なんてしませんので、ご安心ください」
防音魔法があっても、雷は怖い。クッションを挟んでも一人だと眠れるかどうかわからず、セドリック様に縋りつく。今ある体温が離れてしまうのが怖くて堪らない。
一人は嫌だ。そう私の心が叫ぶ。
「オリビア?」
「怖いので、手を繋いだまま寝てもいいですか?」
「もちろんです。オリビアが希望するのでしたら添い寝でも腕枕でもいくらでもしましょう!」
セドリック様は飛び切りの笑顔で応えてくれる。作り笑顔ではなく心からの笑顔に何度も癒された。今もそうだ。この笑顔に、優しさに何度救われただろう。
私の部屋のベッドよりも倍以上大きくて、セドリック様の香りがする。もぞもぞとベッドで寝返りを打ちつつセドリック様と手を繋いでもらって横になった。
「小動物のようで可愛らしいですね。ああ、今日はいい夢が見られそうです」とセドリック様は浮かれた言葉を私に投げかける。
この人はずっと私に愛を囁いて、大切にしてくれる。けれどそれは私の技術や能力を利用したいとかではなく、純粋に私のことを慕ってくれている。それが最近ちょっとずつだが受け入れられるようになったのだ。
自分の中で芽生えている感情に名前を付けるとしたら──きっと。
「セドリック様は、私のどこが好きで一緒になりたいと思ったのですか?」
「私がオリビアを見つけた瞬間、貴女しかいないって思ったのです。本能というか直感と言いますか、一目惚れから始まり、貴女の言動や、傍に居ることが嬉しくて、愛おしくて、離れがたくて……なんというか理屈じゃないのです」
「理屈じゃ、ない……」
「ええ。オリビアの過去がなくても構いません。今一緒にいて未来を作っていくことができるのなら、それだけで十分すぎるほど幸せだと思っています。ああ、もちろん、オリビアの気持ちがいつか私に向いてくだされば更に幸せですが」
「……っ」