クソみたいな無意味で、無価値で壊れた世界。
 俺たち悪魔を生み出すのはいつだって、人間のクソみたいなドロドロした負の感情からだ。
 妬みに嫉み、憎悪、傲慢、愚かで、利己的で、クソみたいなやつら。
 そんなクソみたいな世界をぶち壊そうと思っていた。
 もともと悪魔なんてそんなものだった。

 それを変えたのは、たった一人の人間。
 馬鹿みたいなお人好し。
 大嫌いだった。疎ましくて、妬ましくて。
 本当は今にも叫び出したいのに、一人で耐えて馬鹿みたいで。
 だから傍にいて全部、食ってやろうと思った。
 オレは《原初の七大悪魔》の一角、暴食のグラトニー。物質だけじゃなく魂や記憶を食うことで力とする。その人間の過去を少しずつ食っていった。幼いころの記憶を、人間にとって大事な根幹となる記憶を食らうことで、嫌がらせをしてやろうと思った。
 いつもへらへら笑っている人間が嫌いだった。
 嫌いだった──はずなのに、記憶を食べるとアイツが酷いことばかりされて生きてきたことが悔しくて、悲しくて、泣けた。

 オレが奪っている記憶はどれもつらくて、苦しいものばかり。
 オレは簒奪者なのに、人間はオレの傷を手当てして、優しくする。
 負の感情に呑まれず、オレに温もりと愛情と、居場所を作ったただ一人の人間。

「お前、オレが怖くないのか?」
「全然」
「オレは悪魔だぞ」
「うん。それでも今は小さなこどもで、傷だらけの君を放っておけないわ」

 そう言って天使族の子供も助けた。
 竜魔人族の子供も同じように。
 救っているのは人間なはずなのに、自分が救われたような顔をする。
 空っぽな悪魔のオレに負の感情以外のなにかを教えた人間。
 オレもセドリックのように、最初から甘えて「好き」だといえば何かが変わったのだろうか。

 寂しそうにしていた人間は、笑顔が増えた。
 悪夢を見ることも、無茶をすることもなくなった。
 セドリックと一緒に寝るようになってからだ。
 無理をしようとするとセドリックが抱き付いて離さない。
 セドリックは人間を思いやり、それに人間も応えている。
 人間の記憶が華やいで、色づく。
 それを変えたのは、セドリックだ。
 ずるい。オレが先に見つけたのに。
 オレが──。

 それでようやく気付く。
 ああ、オレはあの人間が好きだったんだ。
 でも、いまさらだ。
 オレはあの人間の──リヴィの記憶を食ってきた。奪ってきた。殺そうとした。
 犯した罪は変わらない。
 恨まれて、憎まれて当然だ。
 でも、愛されたい。矛盾している。
 たくさん悩んで、考えて答えを出した。
 オレが隣に居なくてもいい。生きてほしい。そしてまた抱きしめて、頭を撫でてほしい。
 その場所を維持できるのなら、なんでもしよう。

 だからオレは石化魔法を解除する対価として、リヴィの枷を全て取り除こうと決めた。
 リヴィを利用するフィデス王国の人間も、オレ以外の悪魔も許さない。
 リヴィを含めて、リヴィに関わる記憶を全て喰らいつくした。
 あの悪魔はリヴィを撒き餌にして力を増幅しようと画策していたから、それを逆手に取ってリヴィの記憶そのものを消してやった。
 真っ新になった状態でも、セドリックが傍に居るのなら大丈夫だと。