女は使節団にはエレジア国内で有能な魔導士と神官を連れていくための準備は整えており、またオリビアの魔力と技術を奪う算段もあるという。今ここでは明かせないというのには引っかかったが、最後まで話を聞くことにした。
どちらにしてもこのまま何もしなければ竜魔王に睨まれるどころか、戦争を吹っ掛けられる可能性が高い。すでに選べる道は選り好みできる立場にない。
(クソッ、三年前から嵌められていたのか)
「──ああ、これは大事なことですが、百年前に隣国フィデスを滅ぼした黒幕は《原初の七大悪魔》の一角、『暴食のグラトニー』。別名ダグラスという者です」
「それが今回の黒幕とする悪魔の名か」
「さようでございます。きっと殿下の望みの展開となるでしょう」
「……そなたを疑う訳ではないが、口約束だけでは私たちの信頼関係が幾ばくかの心もとないのだが」
三年前と同じ轍を踏むと思うな。そういう意図を言葉に乗せた。
女は嫣然とした笑みでこう答える。
「承知しました。確かに私たちには信頼関係が必要といえるでしょう。こちらの魔導具一式を進呈いたします」
そう言って影から棺に似た黒塗りの箱が姿を現す。簡素な造りの箱だが複雑な術式が施されており、恐らくは人族ではないドワーフ族あるいは天使族が作り上げたものだろう。箱の中身は国宝級の魔導具の数々が乱雑にギッシリと詰まっていた。
「これは……」
「こちらは手付金と思ってください。これだけの魔導具があれば、国の立て直しはもちろん、あらゆる問題が一気に解決するでしょう。金銭面、食料調達、魔法能力の向上エトセトラ」
確かに。これだけ国宝級の魔導具があれば金銭問題は一気に解決する。だがこれも一時的なしのぎに過ぎない。永続的に収入を得るための施策が必要となる。
私の考えを読み取ったのか、女は懐から小さな小箱を差し出した。棺のような簡素な箱ではなく、趣向を凝らしたデザインのもので宝石もあつらえている。この箱だけでもそれなりの金額が期待できるだろう。その中に入っているものは、首輪、指輪、腕輪の三セットで、どれも金と銀で作られた逸品で、繊細なデザインにアクセントとして緋色の宝石を埋め込んだ超一級品だ。見惚れるほどの滑らかなフォルムに艶と輝き。あの棺の数段値が張るものだというのが分かる。
「これは……」
「オリビアのために特別にあつらえたものです。クリストファ殿下にはこちらと同じシリーズの指輪を用意しました。この三点のアクセサリーを一つでもオリビアに就けてしまえば簡単に洗脳することができます。そして三つを装着させることで完全な洗脳状態となるでしょう」
(洗脳? だとしたらオリビアが竜魔を拒絶するように命じれば婚姻も破棄。行き場のない彼女を優しくエレジア国が迎え入れれば──)
「いかがでしょうか」
悪くない。
それどころか頭を抱えている問題が解決できる。女の提案を表面上受け入れつつ、慎重に事にあたることを念頭に動く。
成功したビジョンを脳内で再生させながら、私は口元を緩めた。