魔導士たちが退出した後、使用人たちが散らかした回復薬を片付けていく。それを横目にソファの背もたれに寄りかかった。
今更ながらにオリビア一人の働きが、この国の基盤となりつつあったことに気付く。楽な生活をしていた分、生活水準を落として三年前のような苦悩をしたくないと思うのは当たり前だろう。
(こんなことならもっとオリビアから後継者育成のレポート、いや進捗を何度も確認するため足を運べばよかった)
どちらにしても今更だ。
すでに竜魔王の王妃として迎えられているだろう。同じような娘を国から探し出すか、それともグラシェ国との交渉で上手く立ち回れないか。色々と思案を巡らせるが妙案は出なかった。
そんな時、ふらりと三年前の使いが姿を見せる。
「こんばんは、クリストファ殿下」
「お前は……」
気配もなく影のように姿を見せる女は相変わらず黒の外套を羽織っており、フードを深々と被って口元以外の顔が見えない。人族でないのは雰囲気で分かるが、自分の勘違いでなければ世界で七人しか顕現していない悪魔族──《原初の七大悪魔》の一角。
人の負の感情によって顕現する存在。怠惰、暴食、色欲、強欲、傲慢、憤怒、嫉妬。その中で色欲のラストだと思われる。
「三年間、お疲れ様でした。……ですが、エレジア国ではオリビアの知名度はあまり高くはなかったのですね。そのあたりは想定外でした」
(……どういう意味だ? そもそもこの女の目的が三年前からよくわからない。あの時は、なし崩しというか何となく合意したが、今考えると胡散臭すぎる。生贄としてオリビアを差し出したという風に指示してきた意図も……。何を考えている?)
懐疑的な視線を受けて女は口元を歪めた。
「現在オリビアは未婚のまま、セドリック様と婚姻を結んでおりません」
「なっ」
「なんでもグラシェ国に向かうまでに足を怪我したとかで、数カ月は静養なさっているそうです」
婚姻を結んでいない。
三年経った今でもオリビアを王妃として望まない者がいるということなのだろう。それならば避難場所として我が国に連れ戻すことは可能なのでは──。
淡い期待を持つが、ふいに竜魔王代行、セドリックの姿を思い出し、冷静になる。
(あの男に私たちがオリビアにした仕打ちを勘づかれるのは非常にまずい。それでなくともオリビアを貶めることで私や聖女エレノアを神格化してきたのだ。今更全ての功績はオリビアだと公言することはできないし、そんなことが露見すれば王太子の座を──駄目だ、駄目だ!)
「クリストファ殿下、私の雇い主であられる前王妃も貴方様と同じく、オリビアが王妃に就く事を望んでおりません」
「……また私を利用するというのか?」
ふっと、女は口元を綻ばせた。警戒していたはずなのに、彼女の言葉が聞きたくなる。堅固な意志が簡単に砕かれてダメだと分かっていても、彼女の言葉に耳を傾けてしまう。
「……話してみろ」
「ありがとうございます。現在、クリストファ殿下が負わせた足の治療を遅らせており、婚儀の時間を稼いでいます。そこで我が雇い主がエレジア国と国交を結ぶ名目で使節団をグラシェ国に派遣するので、その時にオリビアをこの国に連れ戻せばいいのです。影武者の準備も出来ております」
「しかしオリビアはエレジア国の内情を知っている。彼女が竜魔王を頼れば、我が国は簡単に滅びるのだぞ」
勝算がない博打に賭けるほど愚かではない。語気を荒げてしまったので、言葉を取り繕いながら相手の出方を探る。
「……それも策があるのか?」
「もちろんでございます。クリストファ殿下、聖女エレノア様をこの三年の間に操っていた黒幕を作るのです」
「黒幕?」
「はい。三年間の所業を黒幕である《原初の七大悪魔》のある悪魔に押し付けるのです。悪魔族であれば精神操作など容易いでしょう」
「…………」