眼前の美女にも目もくれず、セドリック様は私を構い続ける。それに痺れを切らしたのは美女と護衛の騎士たちだった。

「陛下、姉殿下様に対して礼節がなっておられないのではないですか!?」
「そうです! わざわざミア姉殿下がお目見えになったというのに、無視とはどういうことでしょうか!?」
「みんな、いいのです。私が兄嫁として不甲斐ないばかりに……。うう……」

 泣き出す美女に周囲の取り巻きたちは慌てふためく。不意に外面のよい聖女エレノアのことを思い出した。彼女も周囲を味方にするのがうまく、あざとい。

(そういえばシナリオテンカイとか言っていたけれど、あれは予言が私の行動のせいで改変されたってことなの? すっかり忘れていたけれど……)
「不安になる必要は一つもありません。オリビアは、あざといなどの小手先な技など身につけないでください。これ以上、オリビアに惚れられる人がいたら困りますから」
「こ、声に出ていましたか?」
「いえ。顔に書いてありました」
「う……」

 恥ずかしい。表情が顔に出てしまったのだろう。けれどそんな私に対してセドリック様は嬉しそうに微笑んだのち、鋭い眼光を美女に向けた。その切り替え──というか対応の温度差に内心驚いた。

「私の貴重な時間を邪魔するとは、死にたいようだな」
「まあ、酷いわ。兄嫁である私になんという……」
「兄嫁はクロエ殿のみだ。それより貴様は後宮から出てはならないという言いつけを破った意識はあるのか?」
「そ、それは……」

 氷点下の視線と有無を言わさぬ声に、騒いでいた取り巻きが黙った。美女は盛大に泣き出し「でも、あの中は暇で……」と喘ぐばかり。会話にすらならない。
 それをみてセドリック様は傍に居たサーシャさんに合図を出す。彼女はいつの間にか両手に抱える木箱を持っており、美女に差し出した。
 贈り物だと思ったのか泣いていた彼女の顔がぱあ、と明るくなる。

「もしかしてセドリック様からの贈り物ですか!? まあ、まあ」
(どうしてこの流れでそう思えるのだろう……。もしかして、天然?)
「まあ。どれも高価なものですね! もしかしてこれらを準備するために私に会う時間がなかった? それならしょうがないですね! もう、最初からこれを見せてくださればよかったのに!」

 木箱の中身は銀の腕輪と首輪だった。シンプルだが細工や宝石などかなり高価なものだというのはすぐにわかった。それをセドリック様が美女に贈る意図とは?

(求愛? でも雰囲気からいって程遠い。それとも演技?)

 ぐるぐると形容しがたい感情が頭の中を駆け巡る。
 先程芽生えた不安──いや胸が苦しい。いつも優しくて愛を囁いてくれるセドリック様が、もし他の人に心変わりをしてしまったら?

 ずっと自分に向けている感情に対して私は何を返せただろう。
 自分の気持ちを言葉にして伝えことがあっただろうか。
 裏切られるのが怖くて、ずっと逃げて先送りにしていた。甘えてそれにあぐらをかいていたのではないか。
 急に失ってしまう怖さは、身をもって味わっているのに──。
 グッと、下唇を噛みしめる。

「ふふっ、セドリック様もようやく私の魅力に気づいたのですね。嬉しいです。あ、そうです。これから一緒にお茶をしませんか? 喉が渇いてしまって」

 セドリック様に擦り寄ろうとする美女は、自分の都合の良いように話を進めようとする。抱きかかえられた私など眼中にないのだろう。
 私の容姿は普通だし、美人でもない。けれど──。