正直、オリビアがデレ期に入って甘えたら悶絶するかもしれない。あの人に甘えることが苦手な彼女が「離れたくない」なんて言われた日には、自分の心臓が持つか不明だ。もっともこんな妄想を走らせているよりも前に、好きになってもらうところからだが。そんなことを考えていると、アドラは「たしか」と口にしつつ、とんでもないことを言い出した。
「人族の場合は短命でもあるので、デレ期という周期はなく、伴侶がいればいつでもデレ期に至ることができるらしいです」
「は」
「期間を区切るのではなく、毎日とはいやはやなんとも羨ましい」
「おい」
人族、恐るべし。よく考えれば人族はあっという間に数を増やす。というのはそれだけデレ期の制限がないということだ。脆弱で短命な人族という種族に感嘆した。愛しい伴侶と触れ合う機会が増えるのだ、嬉しいと思うのは当然ともいえる。つまり、オリビアが私を好きになってくれたら、毎日甘えてくれるかもしれない。
率直に言って最高だ。天国だろうか。
もっともオリビアのペースが第一なのは変わらない。傍らで「すぅすぅ」と眠っている彼女が愛おしくてたまらない。
「それでは良い夢を。我が主」
そう言うと今度こそ影に同化して姿を消した。
静まり返った室内で、オリビアの規則正しい吐息が聞こえてくる。
弱り切った小動物のような姿を見て庇護欲が急上昇したのは言うまでもない。竜魔人は伴侶となる相手には特別な香りが感じられるのだが、オリビアから漂う香りは傍に居るだけで癒される。相手に拒絶された場合、こういった甘い香りは漂わない──らしい。彼女に嫌われていない。それだけで天にも舞い上がるほど嬉しくてしょうがない。
百年前の記憶を思い出さなくても、国一番の魔術師としての才覚が出なくても構わないし、昔の彼女に戻ってほしいとは、まったく思ってない。
今のオリビアが幸せなら、それ以外のことは些末でしかないのだ。
「貴女の幸せの中に私が含まれていたら、これ以上のことは無いのですが」