そう言うとアドラは部屋から姿を消そうとして、ふと自分に視線を向ける。
言いにくそうな顔をしつつ、口を開いた。
「陛下」
「ん?」
「まさかとは思いますが、オリビア様と一緒のベッドに潜り込むなんてしませんよね?」
「それはないが、……オリビアと離れたくない」
「陛下。王妃として迎えていない未婚の女性の寝室に一晩泊まるのは……」
紳士あるまじき行為だと窘める。自分でも重々承知しているのだが、それでも離れることが苦痛でたまらない。羽根をもがれる以上の痛みでどうにかなりそうだ。
「……暫くはオリビアの傍に居たい。三年前のように気づいたら消えるようなことだけは阻止するための策だ」
「では添い寝はしませんね」
「と、当然だ」
思わず声が上ずってしまい、アドラはため息を漏らした。
「……陛下」
「私はできる限りオリビアの傍にいると決めたのだ。これからはたくさん愛でて、思う存分甘やかせたい」
「あまり構いすぎますと嫌われてしまうかもしれませんので、ほどほどになさって下さい」
「うっ……」
「……妻のルナーも構いすぎていたら怒ってしまって、死ぬほどつらい数日を過ごす羽目になりましたから。陛下にわかりますか? 朝の挨拶はしてくれるのに、食事は別ですよ、別。スキンシップも最低限で抱擁もなし、キスすらしてくれなかったのですから。……あれは地獄です」
ルナーは執事アドラの妻だ。人魚族で普段はツンツンしているらしいが、デレ期になると甘えるところが可愛らしいようだ。この執事の場合は、そこ意地が悪いので色々と大変だろう。
「……それはお前の言動が原因だろう」
「フフフッ、陛下も結婚すればわかりますよ。そしていかに他の男と接点を絶つか画策するようになります」
(執事としては有能なのだが、妻のことになると途端にポンコツになるな。……私もああなるのだろうか。気を付けよう)
そこでふと思った。
種族によってデレ期の頻度が異なるということだ。竜魔人族は殆どが伴侶となる種族に合わせてデレ期が決まる。獣人族であれば三か月から半年に一度、エルフ族であれば年に二度、妖精族や人魚族などは個人差があるが季節限定などもある。普段ツンツンしている種族でも、デレ期では、甘々な態度を伴侶に取るのだ。そのギャップに萌える者は少なくない。
では人族はいつなのだろう。
基本的にデレ期の時期になると、伴侶との時間を最優先事項に置こうとする。それによって各家庭で休みの取り方が変わる。魔物が大量発生するなどの非常事態の場合は別だが、我が国の労働時間は人族ほど多忙ではない。それもこれも竜魔人族の寿命の長さゆえだろう。
「人族のデレ期はあるのだろうか。脆弱で出産で命を落としかねないというのなら生涯に一度とかになるのだろうか」
「人族ですか……」