泣きはらして眠った愛しい人を寝室まで運び、そっとベッドに寝かせた。あどけない顔の彼女は記憶の頃よりも幼く見える。少なくとも彼女が石化した時は十六歳で、現在は十九歳と大人の女性なのだが三年という時間は、彼女を孤独にさせて心も体も弱々しくさせてしまった。

 百年前の彼女は自信に満ち溢れていたが今の彼女と同じように家族愛、いや愛情に飢えていた。幼いころから病弱な妹がいたオリビアは長女としての責務を求められ、甘えることもできなかったと報告にはあった。
 でなければあんな国境近くの森に一人で住んではいなかっただろう。フィデス王国最強の魔導士。その称号で得たのは森の別邸と魔物対策の防波堤という酷い役回りだった。

 ***

 百年前のフィデス王国国境近くの森。
 若草色の瑞々しい葉を付けた木々が広がる森の中で、レンガ造りの別邸が一軒。壁には蔦が広がっているもののこまめに掃除はしているのか小綺麗だ。一人で住むには広い別邸だったが、部屋の中は研究室や書庫が大半で空き部屋はそれなり多かった。
 そこで拾われたのが私だった。兄の政務に着いていきたくて、こっそりと付いて来たのだが、途中で魔物に遭遇して森に落下。動けなかったところをオリビアが助けてくれた。

 私以外にも傷を負った種族が暮らしていた。
 悪魔族に、天使族と事情も様々のようだった。その殆どは故郷から逃げ出した者、追放された者と訳ありのようだ。当時の私は青い幼い竜の姿で全長は四十センチ前後だった。
 蝙蝠の翼や背中に傷を負った私をオリビアは何日も看病してくれて、傍に居てくれた。オリビアからは、いつもいい匂いがして、傍に居ると安心できて離れたくない気持ちが日に日に強くなる。

「魔物にやられてしまったのね。大丈夫、この森は強い結界を張っているから怖いのは、やってこないわ」
「…………ッ」

 声を出そうとしたが、うまく言葉が出てこない。身振り手振りで反応すると、オリビアはすぐに分かってくれた。意思疎通が出来たことが嬉しくて、大人しくベッドで寝ているように言われたけれど、オリビアの後ろを着いて回った。

「もう。君は怪我をしているのだから大人しくして、ね」
(オリビアがいないとやだやだやだやだ)

 傍に居て欲しいとアピールして、構って欲しくて動き回っていた。聞き分けがなかったのはよくないが、それでもオリビアの傍に居ないと、不安で心臓が押しつぶされそうだった。そんなこともあって個室からオリビアの部屋に移動してくれた。仕事場兼自室で結構広い。それにオリビアの匂いに包まれていて安心できた。
 好き。
 ずっと一緒にいるのはオリビアがいい。

「ねえ、お名前はあるの?」
「セドリックって名前あるけど、オリビアがくれるの?」と小首を傾げる。
「じゃあ、私が付けてもいい?」
「もちろん」と尻尾を振ってこたえると、彼女は嬉しそうに頭を撫でてくれた。好きだ。
「んー、フランはどう? フィデス王国で『勇気ある者』という意味よ」
「!」

 嬉しかった。胸がギュッとしてこの気持ちが言葉に出せないことがもどかしかった。

(竜のままだと抱き付くことは出来るけれど、抱きしめ返せない。爪も危ないし、翼が怪我しているから上手く歩けない。オリビアと同じになれば──)

 白くて優しい手、マシュマロみたいに柔らかい体、ぎゅっとしたら温かい体。オリビアを抱きしめたい。その思いの強さが竜から人の姿へと変えた。

「お、り、び、あ」
「まあ、あなたは人の姿になれるのね。それに喋れるようにもなって」
「ギューして」
「ふふっ、甘えん坊なのは変わらないのね」
「お、り、びあ」

 オリビアは人の姿になった私をそっと抱きしめてくれた。人の姿で抱きしめられて本能的に彼女が自分の生涯の番だと直感した。これはあとから知ったことだが、竜魔人族は番となる相手と出会った時に人の姿へとなる。
 もっともこの時の私は、人の子で言えば五、六歳ほどの子供の姿でオリビアよりもずっと幼かった。それでも本能で番と出会った時に、何をするのかはちゃんと理解していた。
 他の雄に奪われないように、証を刻むのだ。それが甘噛みをしたところに求婚印を残す。彼女の首元に甘嚙みしていると、くすぐったそうに笑っていた。
 そこで自分の気持ちを告白していない──紳士じゃないと気づき、生まれて初めてプロポーズをする。

「オ、リ、ビ、ア、すき、けっこ、ん、して」
「!」