「傍に居たい」と言いながら、どれだけ実行するのだろう。竜魔王代行といはいえ執務など忙しいはずだ。きっとすぐに顔を出さなくなる。
 この人も言葉だけかもしれない。そうどこか投げやりな気持ちになった。

「好きなだけ……どうぞ」
「本当ですか! ちゃんと言質を取りましたからね!」
「あ、はい……」

「私と一緒にいてもすぐに飽きてしまうかもしれませんが……」と嫌味を言おうとしたのに、セドリック様は嬉々として笑顔を浮かべた。あまりにも無垢な笑顔に目が眩みそうになった。

「オリビアと一緒の時間、しかも私が独り占めとは百年、いえ百三年ぶりでしょうか。石化する前も私は貴女の後ろをよく追いかけていたのですよ」

 宝物のように愛おしい思い出を懐かしそうに告げる。けれど私には覚えがない。

(百三年ぶり? もしかして当時の私は魔物討伐に参加していた?)

 錬金術と付与魔法が使えたのだ、魔導士として応援要請があったのかもしれない。
 そういえば以前、聖女エレノア様が百年前に私と同姓同名の魔導士がいたと言っていたけれど──私がシナリオテンカイ(予言)を狂わせた張本人?

「オリビア、どんな形であれ生き残ってくれて嬉しいです」
「…………」

 セドリック様の声は少し掠れていて、私の肩に顔を埋めた。長い髪が頬に触れてくすぐったい。目の前で大切な人が居なくなる恐怖。痛いほどわかる。

「三年前になぜ私とフランだけ石化が解けたのですか?」
「旧友の解除魔法のおかげですよ。石化が解けた頃、私は急な魔物の出現で西の遠征に向かわなければならなかったのです。その間、護衛を増やしていたのですが……使用人数人が貴女を誘拐し、エレジア国に亡命しました。国家間のやり取りで色々粘ったものの、貴女の持つ錬金術と魔法技術がほしいと言われ、三年という期間限定であること、衣食住の保証を条件として呑むしか選択肢がありませんでした」
(サーシャさんの話と同じ。今のところ齟齬(そご)はない)
「あの時、交渉などと暢気なことを言わずに一国を滅ぼしておけば、オリビアが酷い目に合うこともなかった。甘かった自分に腹が立ちます」

 ほろぼ──さらっと恐ろしい単語が出てくる。けれど竜魔王にとって人間の国など簡単に消し飛ばしてしまうだろう。それでも交渉を設けたのは、私がいたから?
 そう思った瞬間、頬が熱くなった。誰かに思われていることがくすぐったくて、嬉しい。

「百年と三年も待ったのですから、離れていた時間を埋めるように傍に居ます。だから大事なものを手放すほど私は愚かではないですよ」
「──ッ」

「じゃあ、どうして会いに来てくれなかったのですか」と口にしかけて言葉を呑み込んだ。そんなに思ってくれるのなら、放っていたのか。唇が震えて、涙で嗚咽が漏れた。

「もし、そうなら……この三年間、会いに来てくださらなかったのですか?」

 少し棘のある言い方をしてしまった。
 それに対してセドリック様は「実は……ですね」と妙に歯切れが悪そうに言葉を続けた。

「竜魔人は常に魔力が高いため、魔力が全くないエレジア国に赴くとそれだけで異常気象はもちろん災害が起こりやすくなり、オリビアがその災害に巻き込まれないため──というのが一つ」
(あ。魔力が高いということは……周囲に与える影響があるということ……。それ以外にも?)
「三年前、オリビアがエレジア国に保護された頃でしょうか。貴女に会いたい思いが強まった結果、フランと魂の同調が出来るようになり、眠っている夜間は完全にフランの体で動き回ることができるようになったのです」
「!」

 フラン。その名前に私は顔を上げた。

「フランの器を通して傍に……いたのですか?」
「ええ。とはいっても夢見心地のようなもので、お恥ずかしい話オリビアと一緒にいることが嬉しくて貴女の環境をよく観察していませんでした。それに関しては本当に申し訳ありませんでした」

 グラシェ国の竜魔王代理であるセドリック様が、ただの人族の私に頭を下げる。ありえないことなのに、彼は誠心誠意謝罪してくれた。本当に彼はフランだったのだろうか。
 フランの行動を思い返す。

「……夜になるとフランがやけに甘えてきたのも、水しか出ないお風呂を温かくしたことや、小腹がすいてしまった時にウサギやらキツネを狩ってきたのは──」
「ああ、懐かしいですね。真冬なのにお湯が使えなくて困っていたことや、眠っている時に寒そうにしていたので炎魔法でお湯を沸かしたり、部屋の温度を上げたりしていましたね」