空気が凍りつき、明らかに部屋の温度が下がった。
セドリック様はニコニコと笑顔でいたが、その双眸は一瞬で鋭くなった。
「エレジア国では、そう言われてきたのですか?」
「は、はい……。叔父夫婦、クリストファ殿下、聖女エレノアの三人から聞いた話がどれも一致しないのです。その上、昨日サーシャさんから少し事情を伺って……まだ状況が整理できていないというか。何が本当で……嘘なのか、今の状況が夢なのかと思ってしまうほど混乱しているのです」
セドリック様は私を優しく抱きしめ、温もりを実感させようと密着してくる。
ドキリとしたけれど、不思議と嫌な感じはなかった。私が拒絶しなかったのを感じ取ったのかセドリック様は目を細めた。雰囲気も少し柔らかくなった。
「私は昔、兄──竜魔王の後を追ってフィデス王国に訪れたことがあります。今思えば無意識に番となる貴女を探していたのかもしれません。魔物の襲撃で怪我をした私を助けてくれたのがオリビア、貴女なのです」
「わたし……?」
「そして今も昔も貴女に惚れこんで求愛し続けているのです。オリビア、愛しています」
「あ、え……」
この流れで告白されるとは思わなかったので、思考が停止した。頭が真っ白になって、返答に迷う私にセドリック様は言葉を続けた。
「少しずつで構いません、今の私を見て好きになって頂けないでしょうか」
「──っ」
「そしてこれは先走っていると思うかもしれませんが、いつか私の番になってほしい。私は本気です。あ、でももし王妃とか堅苦しい肩書が嫌なら、さっさと兄の石化を解いて竜魔王代理役を返上しますので」
「え、な」
そういえばクリストファ殿下も私を保護した時に似たような言葉を言っていた気がする。セドリック様も同じになるかは正直わからない。そうじゃないと思っている反面、また裏切られるかもしれないという恐怖が襲う。
最初は「好きになってほしい」と言いながらも、最終的に番──王妃の座を望まれている。後ろ盾もなにもない脆弱な私に断る選択肢などない。それを考えてなのかセドリック様は自らの立場を捨ててもいいとすら言い出した。
何もわからないまま三年もの間、騙され搾取され利用され続けた愚かで惨めな思いは──もうしたくない。優しくされるのも、愛されるのも今は何か裏があるのではと勘繰ってしまう。いつから自分は底意地が悪くなったのだろう。きっとフランが居なくなったことで、私の大事ななにかが壊れてしまった気がした。
(黙っているのはまずい。……でも、なんて答えればいいの?)
「やはり性急過ぎたでしょうか」
「あ、えっと……」
「オリビアが好きなあまり貴女の気持ちを無視して求婚するなど……格好悪いですよね」
竜魔人の王である彼なら無理やりに従わせることだってできるのに、懇願する姿は強引ではあるものの私の気持ちを聞こうとしている。
「あの。……どうしてそこまで私をお求めになるのですか? 私が──グラシェ国にとって何か役に立つ存在だからでしょうか」
「そのような理由で庇護下に入れる場合はあっても、求愛はしません。竜魔人を基本的に愛するのはただ一人ですから」
「基本的に?」
「私の兄は特殊な事情で側室を設けていましたので、例外があるのは事実です。ですが兄も心から愛したのは一人。私が一緒にいたのも、愛するのもオリビアだけ。側室なんかいりません! 出来るのなら後宮も今すぐ伊吹で吹き飛ばしたいほど、嫌悪感を抱いております」
「セドリック様……」
「はい、なんですか。オリビア」
ググっと距離が近い。鼻先が触れ合うほどの距離だ。キスされそうになるかと身構えていたが、セドリック様は私を安心させようと頬に手を当てる。なんだかそれが恥ずかしいやら、温かいやら人肌が恋しかったのか涙が零れ落ちていく。
思い出せないけれど、伝わってくる温もりが心地よくて振りほどけなかった。それに悔しいが嫌な感じがしないのだ。温かいし……心地いい。
「な……なんでもない……です」
「オリビアは温かくて一緒にいるとホッとしますね」
「!」
「一度目は百年前、二度目は三年前に貴女が忽然といなくなってしまったのですから、三度目は何があっても傍にいたいのです。できるだけ傍に居てもいいですか?」
「それは……」