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夜の帷が降りた深淵に、オレンジ色の炎が風で躍るように周囲を怪しく照らす。静まり返った後宮の一室。テーブルには豪華な菓子が並んでいるものの、赤と黒のテーブルクロスや黒で統一された部屋は幾分不気味だ。
夜の茶会に参加しているのは、どれもこれも可愛らしいヌイグルミたちだ。黒猫や黒犬、黒蜥蜴、黒熊エトセトラ……。
誕生日席に座るのは、この部屋の主人、王兄第三姫殿下リリアンだ。真っ黒な長い髪に、血色の悪い肌、真っ赤な双眸は悪魔のそれに見つめられるように恐ろしい。外見は十五、六に見えるが、セドリックよりも年配だった。
竜人族の証である黒い尾がゆらりと動いた。竜魔人族と異なるのは、角が常時出ているかどうかだ。竜魔人は体力、魔力共に全種族のトップクラスになる。その下位互換が竜人族で、魔力がさほど高くない肉弾戦に特化した種族であり、羽根も基本的は生えない。地竜から派生した種族ゆえの特徴である。
リリアン姫殿下の傍に控えておるのは、昼間ミア姫殿下に侍っていたエルフ族の侍女シエナだ。今は漆黒のめ侍女服に着替えており、主人の傍についている。
「リリアン様。第二姫殿下が動かれるようですが、どう致しましょう」
「……どうもこうもない。追い出したオリビアが戻ってきた! 妾の夫となるべきセドリック様は、なぜあのような脆弱でなんの取り柄もない娘を伴侶と選んだのか! 許せぬ!」
漆黒の尻尾が豪快にテーブルに並べた菓子をなぎ飛ばす。しかしこういった癇癪に慣れているのか、他の侍女たちも動じない。
シエナは癇癪を起している精神年齢の幼いリリアン姫殿下が落ち着くのを待ったのち、今後の方針を再確認する。三年前の出来事を有耶無耶にすることができた慢心があったのだろう。
「では第二姫殿下を利用しつつ、オリビアを追放ではなく殺害する──ということでよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ。本来なら妾の毒で自ら冥土に送りたいものだ!」
現在リリアン姫殿下が後宮の一角を贈呈というのは表向きで、実際は軟禁され、外出の許可が下りない。それはミア姫殿下よりも危険な特出を持っているからだ。
彼女はありとあらゆる毒を作り出すことができる。しかし感情の昂ぶりによって無意識に毒を空気中に放出するため、幼いころから危険視されていた。元々彼女の出自は地竜人族では名家に入るため、隔離というのでは世間体があるため、ディートハルトの第三王妃として迎え入れる形を取っていた。
「さすがにリリアン姫殿下の毒を使うのは、のちのち厄介なことになるかと思われます」
「ふん、たかが人族が一人死のうが、どうでもよかろう」
「王弟殿下がお怒りになったとしても?」
「……ああ、もう。不愉快じゃ。百年前、かの国に行ってからセドリック様は変わられた! 妾など目もくれずに! それもこれもあの人族が誑かしたせいじゃ!」
テーブルに用意してあった菓子が一瞬で腐食し、飾っていた花が炭化して消えた。
侍女の中にも指先に青紫色の痣が発症し始める。
リリアン姫殿下の侍女たちには多少毒耐性はあるものの、強力な毒であれば身体に影響を及ぼすこともままある。侍女シエナは他の侍女たちを下がらせ、憤慨するリリアン姫殿下に口添えをする。
「リリアン様、私に良き考えがあります」
「ふん! 申して見よ!」
「人族はミア姫殿下に任せて、リリアン様はもっと別のことに時間を使えばよいのです」
「ふ、ふむ? 例えばなんじゃ?」
「強力な媚薬を作って竜魔王陛下にお渡しするのはいかがでしょうか。そうすれば人族などよりも、リリアン様を選ばれるのでは?」
「セドリック様が、妾を?」
妄想を膨らませるリリアン姫殿下は嬉しそうに凶暴な尾をぶんぶんと揺らす。侍女シエナがこの時、口元を歪めて笑っていたことなどリリアン姫殿下は気づいていなかった。