お祭り騒ぎにも近い拍手喝采が、王族の居住区域にある温室にまで聞こえてきた。温室には様々な珍しい花々が咲き誇り、その一角にある東屋ではティータイムが行われていた。
 丸いテーブルと豪華な椅子に座り、宝石のような芸術的に昇華された菓子が並ぶ。淹れたての紅茶を侍女が音も立てずテーブルに置く。

 庭園の護衛騎士が五名。衛兵、庭師、使用人、料理人などなど様々な役職を持った男が七名ほど東屋の傍で片膝をついて、美女に熱い視線を送っていた。
 数多の男たちを骨抜きにしているのは、兄王第二姫殿下ミア。

 瑞々しい白い肌、やや尖った長い耳、プラチナの長い髪が輝き、碧眼の双眸は宝石のようで美しく、体のラインに沿った上質な白い生地に金に刺繍をふんだんに使った露出の多いドレスを着こなしている。エルフ族と鳥人族のハーフである彼女の外見は二十代前半といったところだ。

「賑やかね~。なにかあったのかしら?」
「今日は現竜魔王様の伴侶となられる方が来られるとか」

 傍に控えていた侍女が恭しく答えた。返事を聞いてミア姫殿下は「ん~」とある過去を遡る。それから思い出した、と両手を叩いた。

「ああ。三年前に石化が解けた子ね。その後で使用人が暴走して誘拐されて他国に連れ去られたとか」
「ええ、姫殿下様の御心を手に入れたいなどと暴走した者たちでございます」
「まあ。私、そんなこと頼んでいないのに酷いことするわよね」

「まったくです」と周囲は激しく同意した。
 実際は三年前、ミア姫殿下が「王妃になるなんてオリビア(あの子)が羨ましいわ」と呟いたことで、彼女に懸想している男たちが暴走したのだ。()()()()()殿()()()()()()その暴走を利用したことなど彼女は知らない。

 ミア姫殿下は天真爛漫で純粋、お花畑の思考回路の持ち主で周囲の男たちを虜にする。鳥人族の中でも、魅惑な海姫(セイレーネス)と呼ばれる種族の血を半分引いており、残る半分のエルフ族の美貌も相まって、彼女の周囲に居る異性は薔薇にも似た香りに包まれ思考を鈍らせる。魔性のそれでだ。

 後宮は男子禁制だが、この温室は王族の居住区域に位置しており、男たちとも触れ合うことができる。それ故、百年前に兄王が石化されてからこうやって男たちを侍らせていた。
 セドリック率いる現竜魔王陣営は、魅了にかからぬように特殊な魔導具を付けており、ミアの毒牙にかかることは無い。ただ数十年前から虜になった者たちは、すでに中毒に近い状態にあった。

 無理に引き剥がそうとすれば、精神が崩壊し暴走する。野放しにしていると傾国の美女、大禍(たいか)の元凶でありことを懸念し、兄王は側室という形で後宮に閉じ込めていた。しかし竜魔王代行となったセドリックや、国の果てに隠居していた太后と先王は、魅了された者たちを増えている事実に気付くのが遅れてしまった。

「ミア様、今年の最上級茶葉でございます」
「あら、ありがとう。……ん、うん。とても美味しいわ。これは誰が持って来てくださったの?」

 鈴を転がしたような心地よい声に、傍に居た護衛騎士の一人が一歩前に出た。屈強な男は背に鷲の羽根を生やし、いかにも騎士といった風貌だ。しかし堀の深い強面は今やだらしない顔で、敬愛する兄王第二姫殿下ミアを見つめる。

「ハッ、私であります」
「じゃあ、貴方は今日から一週間の間、後宮以外での私の護衛騎士兼エスコートする役目をあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「──っ!」

 命名された男以外の者は嫉妬に狂い殺気を飛ばしていたが、ミアは気づいていない。一事が万事、自分の楽しいことのために生きており、周囲に気を配るなどの感覚などなかった。

 ミア姫殿下に喜んでもらうにはどうすべきか。
 贈り物は毎日のように届けているが、喜ぶのはほんの一時。誰もがミア姫殿下の寵愛を望んでおり、そこには共闘などというものは存在しない。足の引っ張り合いが常に起こり順位争いが勃発している。そんな中、何も考えていないお花畑のミア姫殿下は、歓声の方へ視線を向けた。

「みんなに祝福されるなんて羨ましいわ。弟君のセドリック様はディートハルト様のように凛々しくなったのに、まったく会いに来てくださらないなんて酷いとは思わない?」
「全くその通りです」
「ミア姫様のいうとおりです」
「ええ、いなくなったのに、また戻ってくるなんて図々しい女です」
「ミア様という素晴らしい方がいるのに、セドリック様は何を考えているのやら」

 男たちは口々にミア姫殿下の言葉に賛同する。だが心内にはいかにしてミア姫殿下が喜ぶのか脳をフル回転させながら考えた。「自分こそが彼女を幸せにできる」と盲信している。だからこそ過激な者たちは、ミア姫殿下の御心を煩わせた「オリビア(次期王妃)の抹殺すべきことだ」と曲解し、斜め上の回答を叩き出す。

 そして控えていた同じエルフ族の侍女シエナは、愚かな行動を起こすだろう男たちの思考を予測し本来の主、王兄第三姫殿下リリアンに伝えなければ──と考えていた。