私に初めてこの不可解な能力が現れたのは、高校の入学式の朝だった。
真新しいブレザーに袖を通して外へ出た瞬間、私はなんだか違和感を覚えた。
それは、爽やかなはずの春風が湿っているとか、朝日がいつもより眩しいとか、そういうことじゃない。確かに緊張はしていたけれど、自分の気持ちの問題でもない。
戸惑いながらもゆっくり辺りを見回した私は、その正体に気づいた。
それは、色だ。行き交う人々のまわりに、それぞれ不自然な色が見える。
昨日まで見えなかったそれは、風に吹かれて消えるような一瞬のものじゃない。ずっとまとわりついている。
――あれ、何?
思わずそう聞きたくなって、隣に並んで歩いているお母さんに目を向けたけれど、不思議なことに、お母さんのまわりに色は見えなかった。いつも通りのお母さんだ。入学式らしいフォーマルな服を着ていて、珍しく色つきのリップをしていること以外は、変わったところは何もない。
でも、今すれ違った人や前を歩く人、私の目に映る見知らぬ人々は、みんな色をまとっている。
――どういうこと?
片道一時間半をかけて高校に着くと、そこでもやっぱり色は見える。というか電車の中でも、駅から学校までの道のりでもずっと見えていた。見えないのは、入学式に出席するため一緒に来たお母さんだけだ。
私の目は、いったいどうしちゃったのだろう。
間違いなく混乱していたけれど、どうすることもできない私はそのまま入学式を迎えた。
初めて会う新入生と在校生、保護者やこれからお世話になる先生方。それぞれ色を浮かべた人たちが大勢集まった体育館は、随分とカラフルだ。あたり前だけれど、こんな光景今まで見たことがない。綺麗というより、なんだか不気味だ。
そんな状態が続いているもん だから、先生の話なんてひとつも頭に入らず、よく分からないまま入学式を終えた。
高校生となった私の新生活は、色にまみれて困惑しながらのスタートとなった。
けれど、見える色はずっと同じというわけではなくわりと頻繁に変化するから、もしかするとこれは、何か意味があるのかもしれない。
入学して三日目くらいでそう考えた私は、普通の高校生活を送りながら、色について気づいたことをノートに書いてみることにした。もちろん誰にも見つからないように、こっそりと。気づいたことならなんでもいいから、とにかく毎日自分なりに書いた。
そうして、それがただのカラフルな空気ではなく意味があるのだと悟ったのは、入学から二週間ほど経った頃だった。
泣いている子のまわりは真っ青に色づいていて、怒っている子は赤、楽しそうにはしゃいでいる子は黄色やオレンジ。
つまり、突然見えるようになったこの謎の色は、人の感情を表しているのだ。
けれど、ほとんどの子が一色じゃないのは、怒っていても悲しかったり、楽しくてもどこか不安だったり、人の感情はひとつではないからだろう。
笑っている子に青が浮かんでいたこともあって、それを踏まえてよく見てみると、確かにその子は笑顔なのにどこか寂しそうな目をしていた。これは、色が見えなければ気づけない、その子が抱いている内なる感情だ。そんな色を見ていると、みんなが日々たくさんの感情を抱いていることがよく分かった。
どうしてこんな不思議な現象が起こったのか、それは今もまったく分からないけれど、私にとってとても重要で、大きな武器を手に入れることができたのは確かだった。
だって、相手の感情が分かれば、おのずと自分がどうすべきか分かるということだから。
不快にさせないよう、相手の気持ちを考えて行動できる。
空気が読めないと言われることも、もうない。あの頃のようには、もうならない。
もう、間違えたりしない……――。
真新しいブレザーに袖を通して外へ出た瞬間、私はなんだか違和感を覚えた。
それは、爽やかなはずの春風が湿っているとか、朝日がいつもより眩しいとか、そういうことじゃない。確かに緊張はしていたけれど、自分の気持ちの問題でもない。
戸惑いながらもゆっくり辺りを見回した私は、その正体に気づいた。
それは、色だ。行き交う人々のまわりに、それぞれ不自然な色が見える。
昨日まで見えなかったそれは、風に吹かれて消えるような一瞬のものじゃない。ずっとまとわりついている。
――あれ、何?
思わずそう聞きたくなって、隣に並んで歩いているお母さんに目を向けたけれど、不思議なことに、お母さんのまわりに色は見えなかった。いつも通りのお母さんだ。入学式らしいフォーマルな服を着ていて、珍しく色つきのリップをしていること以外は、変わったところは何もない。
でも、今すれ違った人や前を歩く人、私の目に映る見知らぬ人々は、みんな色をまとっている。
――どういうこと?
片道一時間半をかけて高校に着くと、そこでもやっぱり色は見える。というか電車の中でも、駅から学校までの道のりでもずっと見えていた。見えないのは、入学式に出席するため一緒に来たお母さんだけだ。
私の目は、いったいどうしちゃったのだろう。
間違いなく混乱していたけれど、どうすることもできない私はそのまま入学式を迎えた。
初めて会う新入生と在校生、保護者やこれからお世話になる先生方。それぞれ色を浮かべた人たちが大勢集まった体育館は、随分とカラフルだ。あたり前だけれど、こんな光景今まで見たことがない。綺麗というより、なんだか不気味だ。
そんな状態が続いているもん だから、先生の話なんてひとつも頭に入らず、よく分からないまま入学式を終えた。
高校生となった私の新生活は、色にまみれて困惑しながらのスタートとなった。
けれど、見える色はずっと同じというわけではなくわりと頻繁に変化するから、もしかするとこれは、何か意味があるのかもしれない。
入学して三日目くらいでそう考えた私は、普通の高校生活を送りながら、色について気づいたことをノートに書いてみることにした。もちろん誰にも見つからないように、こっそりと。気づいたことならなんでもいいから、とにかく毎日自分なりに書いた。
そうして、それがただのカラフルな空気ではなく意味があるのだと悟ったのは、入学から二週間ほど経った頃だった。
泣いている子のまわりは真っ青に色づいていて、怒っている子は赤、楽しそうにはしゃいでいる子は黄色やオレンジ。
つまり、突然見えるようになったこの謎の色は、人の感情を表しているのだ。
けれど、ほとんどの子が一色じゃないのは、怒っていても悲しかったり、楽しくてもどこか不安だったり、人の感情はひとつではないからだろう。
笑っている子に青が浮かんでいたこともあって、それを踏まえてよく見てみると、確かにその子は笑顔なのにどこか寂しそうな目をしていた。これは、色が見えなければ気づけない、その子が抱いている内なる感情だ。そんな色を見ていると、みんなが日々たくさんの感情を抱いていることがよく分かった。
どうしてこんな不思議な現象が起こったのか、それは今もまったく分からないけれど、私にとってとても重要で、大きな武器を手に入れることができたのは確かだった。
だって、相手の感情が分かれば、おのずと自分がどうすべきか分かるということだから。
不快にさせないよう、相手の気持ちを考えて行動できる。
空気が読めないと言われることも、もうない。あの頃のようには、もうならない。
もう、間違えたりしない……――。