私がふたりと仲良くなったのは、入学してわりとすぐだった。というのも、単純に出席番号の関係でたまたま席が近かったから。最初に菜々子が私に話しかけてきて、それから千穂にも声をかけて……という流れだったと思う。
 
(しゃ)()で明るくて素直で小動物系の可愛さがある菜々子と、一年にして早くもバスケ部のスタメンに選ばれるほど運動神経がよく、ショートボブがよく似合う長身美女の千穂。
 
間違いなくクラスでも目立つふたりとは反対に、私は顔も身長も学力も運動も普通、平均、真ん中。自慢できるのは、髪質くらいだろうか。肩の下まで伸びた髪は、染めていなくても少し茶色くて、ヘアアイロンを使わなくても真っ直ぐでサラサラだ。
 
そんな私がタイプの違うふたりとすぐに仲良くなれたのは、神様が不安に(さいな)まれていた私を見かねてか、単なる運か。なんにせよ、千穂と菜々子は高校生になって初めてできた私の大切な友達だ。
 
入学して五ヶ月が過ぎ、昼休みはこうして三人で過ごすことがあたり前になっていて、まるで昔から友達だったかのように、不思議なほど気が合う。
 
これからもずっと仲良くしていきたいという気持ちは本心なのだけれど、でも、私には誰にも言えない秘密があって……。

「――えっ、もう好きじゃなくなったの!?」
 
お弁当を食べながら考え事をしていた私は、ボリュームを上げた千穂の声にハッと顔を起こした。

「サッカー部の先輩を好きになったのって、ついこの前じゃん」
 
心持ちつり上がった千穂の目が正面に向くと、菜々子は追及から逃れるように視線を窓に()らした。

「だって~、先輩めっちゃモテるんだもん。彼女はいないらしいけど、あんなにモテる人を好きになっても結局無理じゃん?」
 
軽い口調で返した菜々子は、お弁当のプチトマトをひとつ口に入れる。

「無理じゃんって、私に言われてもそんなの知らないよ。好きになったって言って、はしゃいでたのは菜々子だよね?」
 
一方、背筋をピンと伸ばしている千穂は、箸を握ったまま(あき)れたようにため息を漏らす。

「あたしは好きになった〝かも〟って言っただけだし」
 
私は左右に視線を泳がせ、ふたりの顔を交互に見た。

「そんなことどうだっていい。あのさ、菜々子の好きになる基準って何? 無理か無理じゃないかで決まるの? でも、それって好きとは違うよね」
 
千穂がそう言い放つと、千穂の周囲を包む空気が変わった。
 
鮮やかだったはずのオレンジが、徐々に薄い灰色に覆われていく。
 
外は変わらず(すが)々(すが)しい秋晴れだけれど、どうも雲行きが怪しい。といっても、これは天気がどうこうという話ではなくて……。

「いい加減な恋愛してたって、意味ないでしょ」
 
千穂のまわりで複雑に混ざり合う色。中でも多くを占めているのが、灰色だ。
 
灰色は不安とか心配とか悩みとか、それこそ晴れない曇り空のような気持ちを表す色。でも赤は見当たらないから、どうやら千穂は、怒っているというより菜々子を心配しているらしい。複雑な色味から、〝どうしたら分かってくれるのだろうか〟という、千穂の悩ましい気持ちが伝わってくる。

「だって、叶わない恋をしたって時間の無駄でしょ? あたしはあたしを好きになってくれそうな人を好きになりたいの。ていうか、好きな人がずっといない千穂に恋愛のことであれこれ言われたくないし」
 
空気が変わったのは菜々子も同じで、少し残ったオレンジに、灰色と薄い水色と少しの赤が混ざっている。千穂の言葉でちょっとだけムッとしているところもあるけれど、不安とか分かってくれない悲しさのようなものが伝わってくる。
 
それらをまとめると、互いに思うところはあるものの、ふたりの中には相手に対する不快感や嫌悪感なんてものはないということ。
 
だったら、千穂は素直に菜々子が心配だって言えばいいし、菜々子も千穂にもっと分かってほしいと言えばいい。互いの気持ちを()み取って理解すれば、もめることも空気が悪くなることもないのに。
 
でも、言葉に出さない相手の心情まですべて理解するのは、到底無理な話だ。
 
だって、ふたりには〝見えない〟のだから……。

「ねぇ、花蓮はあたしの気持ち、分かってくれるよね?」
 
同意を求められた私は、少しだけ悩むふりをしてから(うなず)く。

「もちろん分かるよ。でもね、菜々子には本当に好きな人と幸せになってほしいって思うから、千穂はいつもこうやって注意するんだよ。怒ってるとかじゃなくて、菜々子のことが心配なんだよ」
 
ふたりの気持ちを理解して空気を読んだ私は、そう言って(ほほ)()んでみせた。

「そうなの?」
 
菜々子が気まずそうに上目遣いで千穂に視線を送ると、はにかみながら「まぁね」と千穂が答える。

「だからさ、菜々子は千穂に言われたくないなんて、そんな悲しいこと言わないで。千穂も、ハッキリ言えるのは千穂のいいところだと思うけど、もう少し言葉を柔らかくしたほうが伝わると思うよ」
 
言ってくれなきゃ分からないとかよく言うけれど、本当にその通りだと思う。相手の気持ちを察することはとても大事だけれど、言葉に出さない内側の感情まで読み取るなんて、普通は不可能だから。
 
でも、その不可能なことが、私にはできる。

「花蓮の言う通りだね。ごめん、ちょっとキツく言いすぎた」

「ううん。あたしも、(ひど)いこと言っちゃってごめん」
 
千穂と菜々子、ふたりが素直に謝ると、私の目に映る色が再び変化した。
 
まだちょっとだけ灰色が混ざっているけれど、明るくて温かいオレンジや黄色が、ふたりを包んでいる。
 
――よかった。
 
(あん)()した私は、弁当箱に残っている最後の玉子焼きを箸で挟み、口へ運んだ。続けて菜々子と千穂も、高ぶった感情を引きずることなく残りのお弁当に手をつける。
 
甘い玉子焼きを堪能しながら、私は改めてふたりのことを見つめた。
 
誰にも言えない私の秘密。
 
それは、〝人の感情が色で見える〟ということ。
 
怒りは赤、悲しみは青、喜びはオレンジなど、感情によって色は異なる。その中でも細かな感情によって濃淡があったり、一色の場合もあれば何色も重なっていることもある。色は人それぞれ、抱えている感情によって様々だ。
 
いつだったか、人のオーラが見えるという占い師がテレビに出ていた。

『あなたのオーラは青です』
 
とかなんとか言っていたけれど、色の見え方は簡単に言うとそういうイメージかもしれない。まぁ、オーラを見る力は私にはないけれど。