ちょっと尖った性癖だけだと思ったら、ヤンデレ思考に用意周到さは腹黒要素を追加しても良いのかもしれない。
「し、将軍の仕事は?」
「それも陛下に話を付けています。戦争も終わりましたし、今後は内政に力を入れるためにも魔法研究に尽力したい、と許可を貰いました。私も正直、貴族らしい生き方は面倒ですので、魔法使いならある程度屋敷でのんびりと研究もできるでしょうしね」
「屋敷で……のんびり? 研究?」
私の中では魔法都市の学校に入学すると思っていたのだ、今の話の流れ的に嫌な予感がした。この世界においての魔法使いの生態については、聞きかじった程度しか知らない。
「もしかして学校には通わない?」
「ええ。レティシアはすでに魔法使いの試験も合格していますから、私が手取り足取り魔法を教えます。陛下から頼まれた魔法術式の開発もありますが、あっちは私がさっさと終わらせておきますから、気にしないでください」
(ま、またしても、はめられたあああああああああああああああああああああ!)
「あ、可愛い」
(クラス分けに寮生活、ローブやマフラー、箒や杖選びなど新調するのを楽しみにしていたのに! バタービール的なお酒は絶対に飲む!)
「必要な導具一式は、レティシアと一緒に出かけたときにしよう」
「……はぁい」
魔法学校に通うという夢は潰えたが、魔法都市に行くのを止められるよりはずっといい。
「……ちなみにセルジュ様はどんな魔法を使うのですか?」
「私は冬魔法で、雪や氷などで攻撃に転じるものが多いですね」
パチンと指を鳴らすと、白銀の蝶が周囲を飛び回る。
儚く幻想的でとても美しく、膨大な魔力を編んでいるのがわかった。
一瞬で無数の蝶を作り出す集中力、魔力コントロールも素晴らしい。
離縁問題など私の頭の中からぽいっと吹き飛んだ。
「わぁ。幻想的で素敵です! 蝶の形以外にもできるのですか!?」
「え、ええっ。……花や……小動物なら……(レティシアが可愛い。そして尊い。魔法の話をしたら、警戒心を解いた猫のよう。無防備なところもいい。好き。愛している。……触れたら怒るかな?)」
「本物の花のように綺麗。薔薇なんてとても繊細な造形なのに! すごいです!」
「──っ!」
浮遊する白銀の薔薇は、蕾から花開くところまで忠実に再現されていた。
褒めたら褒めただけセルジュ様は目を輝かせて嬉しそうに頬を染めるので、なんだか可愛いと思ってしまう。
気づけば頭を撫でている自分がいる。
(思ったよりも髪が艶やかで、いい匂い……)
しかも髪質も良い。ボサボサの私とは違う。
「ハッ! せ、せ、セルジュ様、えっとこれは……!」
「レティシアから触れてくれるなんて……」
(あ、なんか新しい扉を開いてしまった!?)
慌てて手を離そうとしたのだが、遅かった。
セルジュ様に手を掴まれ抱き寄せられてしまう。
「!?」
「やっと抱きしめられた。……レティシア、ただいま戻りました」
「セルジュ……様?」
「戦争が終わったら、レティシアに言いたいとずっと思っていた言葉です。出立は何も言えないままでしたから、せめて帰ったらと、ずっと思っていたのです」
(私が待ってくれていると、帰るべき場所だと……思ってくれていた……)
なんだか色んなことが一変にありすぎて、どうすべきかがまとまらない。
ただ今この瞬間、言うべき言葉は──。
「お帰りなさい、セルジュ様」
「レティシア」
(ううっ……なんだか甘い雰囲気に……)
「愛しています」
「わ、私は分かりません」
「レティシア……」
「泣きそうな……って泣いてもダメです! 私にはセルジュ様がまだよく分かりません! だから……保留です! とりあえず保留なのです!」
「離縁はしないのなら、今はそれで十分ですよ」
(今は、って言葉を強調してきた!)
腕に中に閉じ込められたままだったので離れようとしたが、セルジュ様は一向に離そうとしない。ジタバタすればするほどギュッとする腕の力が強まる。ギュウギュウにもみくしゃにされた。
「セルジュ様っ……」
「やっとレティシアを抱きしめたのですから、そう簡単に離したくないです」
「私は座ってのんびりしたいのです! 列車の風景も楽しみにしていたのですよ」
「なら私の膝の上に座ってください」
「なぜに!?」
「レティシアは座ることができる。私はレティシアを離さないですむ。二人の希望を考えた結果ですよ」
「そう……いや絶対に可笑しい!」
「座って一緒に魔導書を読みませんか? 特別に手に入れた物なのです」
「まどうしょ……魔導書!」
魔法使いしか開くことしかできない書物で、値段も天文学的な値段なのだ。ずっと読みたかったので気持ちが大きく揺れ動く。
「うぬぬぬっ……」
「魔法都市に行ったら好きなだけ魔導書を買ってあげてもいいですよ?」
「しょうがないのです。一緒に読みましょう!(離縁の件はとりあえず保留にもしたので、良しとしましょう)」
「ありがとう、レティシア……(冬魔法は使えば使うほど術者の心を凍らせて死に至らしめる。……ただ例外として『春魔法の使い手』が傍にいることで、存えることができるという。レティシア、私が今も生きているのは貴女が私に手紙を書き続けて、贈り物を続けてくれたからなのですよ。大袈裟なのではなく、貴女だけが私の凍った心を溶かして、柔らかくする。……だから、どうか私を好きになってください)」
(ん? 将軍じゃなくて魔法使いはあまり表舞台に出ないのなら……セルジュ様の提案は悪くないのでは? 好きなだけ魔導書とか読めそうだし、衣食住も……うぬぬぬ)
セルジュ様は満足気に私をギュッと抱きしめる。
離縁するかどうか白黒を付けられなかったのは想定外だが、こんな形での再スタートとも悪くない──のかもしれない。
(け、けっして私の好みの顔と、放っておけない+庇護欲をかき立てられる性格だから……と言うわけじゃない)
「レティシア、今日は寝かさないので覚悟してくださいね」
「ぜ」
「ぜ?」
「前言撤回! 離してください!!」
「(毛を逆立てる猫みたいで可愛い)離したら逃げてしまうだろう? 大丈夫、優しくしますから」
「一ミリも大丈夫じゃない!」
どうやってセルジュ様から逃げだして、美味しい夕食を食べてお風呂に入った後、充分な睡眠時間を確保するか──危機を乗り越えるため脳をフル回転する事態が発生した。
私の本当の戦いは、ここからなのかもしれない。