思わず反射的に拒絶するとセルジュ様は「えっ」と眉が下がりしょんぼりしてしまう。
気のせいか耳が垂れ下がった子犬に見えてしまい、無性に頭を撫でたくなる。
「(何というあざとさ!?)……えっと、とりあえずこの一年の間、手紙が返ってこなかった忙しさは何となく分かりました。それに私のことを助けてくださってありがとうございます」
「妻のみを案じるのは当然ですよ。……もっと早く貴女に事情を話したかったけれど……怖がらせたくなくて全てを終わらせてからと、考えた私の落ち度です」
「セルジュ様」
「……もう一度、名前を呼んでくれませんか?」
ぱあ、と笑顔で頬を染める姿は、率直に言ってドキリとしてしまう。
この人の方が表情をコロコロ変えて、私の心を大きく揺らす。
「(もっと早く会っていたら……、何か違っていたのかしら?)セルジュ様」
「レティシア。……私は戦争を終えたら、というのを言い訳にして貴女との時間を取れていなかった。貴女が魔法都市で魔法使いになりたいというのなら、反対しません。むしろ今度は私が貴女を支えたい、離縁は……したくありません。離縁は……絶対にしない!」
「(頑なな意志を感じる。しかも二度言った!)……ええっと、女軍医は?」
「ああ、彼女なら子供の父親となる兵と一緒になりましたよ」
「え」
先ほどは聞こえていないと嘯いたセルジュ様は、他に嫌がらせをしていた夫人たちにも圧力をかけ終わっているとサラッと言い放ったのだ。
「それでも将軍の妻では肩身が狭いというのなら、将軍職を辞職してもいいかなって思っているのです」
「ええええ!? なんでですか!?」
「だって隣にレティシアがいないのに、地位や名誉なんて何の意味がありますか? 将軍になったのもレティシアがひもじくて、飢えないようにと思ったからですし」
(ええええ!? 考えが極端すぎる!)
セルジュ様の発言に、頭を抱えてしまう。
そこまで私のことを思ってくれているのかも不明だ。
「その……どうして私なのですか?」
「……手紙と贈り物を欠かさずに贈ってくれたことがキッカケです。毎日、他国の人間との殺し合いで疲弊していくのは、体力以上に精神が摩耗していきます。何かを糧にしないと、あんな地獄に長年足を付けていられない。……レティシア、貴女からの贈り物はいつも日常的で、何処にでもありふれた素朴なものでしたが、だからこそ心が折れることも、歪むこともなく、有り体に言って救われました」
「(愛情に関しては拗らせた気がしなくないですが)そんな……些細な……ことで?」
「ええ、でも戦争になれば、夫を忘れて別の男に走る──なんてザラでしたからね。でも貴女は五年間、ずっと変わらずに手紙と贈り物を続けてくれた。特にあのドライフルーツは画期的でした」
(あ。元の世界の知識を使った保存食とか、試作品として色々と贈っていたっけ)
「私の健康面も気にかけてくれて、支えてくれる。こんな素晴らしい妻は他にはいません。その積み重ねと、貴女を間近で見た時の寝顔が、可愛すぎて――つまりは一目惚れです」
(ここでも寝顔!? ここでなんか色々台無しな気がするのは気のせい!?)
セルジュ様が寝顔好きだとは知らなかった。
それはもはや新しい性癖なのだろうか。何だか深く追求すればするほど自分にダメージが来そうなので、言葉を詰まらせた。
「それとレティシアが魔法に興味があるなんて知りませんでした」
「(前世から憧れていたとは言いづらい)……幼い頃から興味はあったのです。王都では魔導具を使った物が多いけれど魔力適性があるのなら、魔法が使えると言うし、それによってなにか新しいことができるかもしれないでしょう」
思わず言葉に熱が入ってしまった。
セルジュ様は優しい眼差しを向けたまま話を聞いてくれる。
「あの試験に合格したのなら、レティシアは魔法使いとしての資質は確かにあるのかもしれませんね」
(ん? あの試験?)
「実は私も戦場で魔力適性があると診断されて──魔法都市協会から『大魔法使いの称号』を貰っているのですよ」
「ひゅ!!?」
「まあ、魔法の開眼があったからこそ将軍になるのが早かったようです」
魔法使いには階級がある。
魔法見習い、魔法使い、特一等魔法使い、その更に上が大魔法使いであり、賢者に並ぶ実力を持つ者に贈られる。
「え、だ、大魔法使い!?」
「私の場合は攻撃特化でしたけれど、レティシアならどんな魔法使いになるのか楽しみですね」
「つ、つまり……」
「ええ、向こうでは私が貴女の師匠になると思います。というかその手続きも済ませています」
「済ませてしまったのですか……」
「はい。こんなに可愛いレティシアが惚れられては困りますからね」
(屈託のない笑み!)
気のせいか耳が垂れ下がった子犬に見えてしまい、無性に頭を撫でたくなる。
「(何というあざとさ!?)……えっと、とりあえずこの一年の間、手紙が返ってこなかった忙しさは何となく分かりました。それに私のことを助けてくださってありがとうございます」
「妻のみを案じるのは当然ですよ。……もっと早く貴女に事情を話したかったけれど……怖がらせたくなくて全てを終わらせてからと、考えた私の落ち度です」
「セルジュ様」
「……もう一度、名前を呼んでくれませんか?」
ぱあ、と笑顔で頬を染める姿は、率直に言ってドキリとしてしまう。
この人の方が表情をコロコロ変えて、私の心を大きく揺らす。
「(もっと早く会っていたら……、何か違っていたのかしら?)セルジュ様」
「レティシア。……私は戦争を終えたら、というのを言い訳にして貴女との時間を取れていなかった。貴女が魔法都市で魔法使いになりたいというのなら、反対しません。むしろ今度は私が貴女を支えたい、離縁は……したくありません。離縁は……絶対にしない!」
「(頑なな意志を感じる。しかも二度言った!)……ええっと、女軍医は?」
「ああ、彼女なら子供の父親となる兵と一緒になりましたよ」
「え」
先ほどは聞こえていないと嘯いたセルジュ様は、他に嫌がらせをしていた夫人たちにも圧力をかけ終わっているとサラッと言い放ったのだ。
「それでも将軍の妻では肩身が狭いというのなら、将軍職を辞職してもいいかなって思っているのです」
「ええええ!? なんでですか!?」
「だって隣にレティシアがいないのに、地位や名誉なんて何の意味がありますか? 将軍になったのもレティシアがひもじくて、飢えないようにと思ったからですし」
(ええええ!? 考えが極端すぎる!)
セルジュ様の発言に、頭を抱えてしまう。
そこまで私のことを思ってくれているのかも不明だ。
「その……どうして私なのですか?」
「……手紙と贈り物を欠かさずに贈ってくれたことがキッカケです。毎日、他国の人間との殺し合いで疲弊していくのは、体力以上に精神が摩耗していきます。何かを糧にしないと、あんな地獄に長年足を付けていられない。……レティシア、貴女からの贈り物はいつも日常的で、何処にでもありふれた素朴なものでしたが、だからこそ心が折れることも、歪むこともなく、有り体に言って救われました」
「(愛情に関しては拗らせた気がしなくないですが)そんな……些細な……ことで?」
「ええ、でも戦争になれば、夫を忘れて別の男に走る──なんてザラでしたからね。でも貴女は五年間、ずっと変わらずに手紙と贈り物を続けてくれた。特にあのドライフルーツは画期的でした」
(あ。元の世界の知識を使った保存食とか、試作品として色々と贈っていたっけ)
「私の健康面も気にかけてくれて、支えてくれる。こんな素晴らしい妻は他にはいません。その積み重ねと、貴女を間近で見た時の寝顔が、可愛すぎて――つまりは一目惚れです」
(ここでも寝顔!? ここでなんか色々台無しな気がするのは気のせい!?)
セルジュ様が寝顔好きだとは知らなかった。
それはもはや新しい性癖なのだろうか。何だか深く追求すればするほど自分にダメージが来そうなので、言葉を詰まらせた。
「それとレティシアが魔法に興味があるなんて知りませんでした」
「(前世から憧れていたとは言いづらい)……幼い頃から興味はあったのです。王都では魔導具を使った物が多いけれど魔力適性があるのなら、魔法が使えると言うし、それによってなにか新しいことができるかもしれないでしょう」
思わず言葉に熱が入ってしまった。
セルジュ様は優しい眼差しを向けたまま話を聞いてくれる。
「あの試験に合格したのなら、レティシアは魔法使いとしての資質は確かにあるのかもしれませんね」
(ん? あの試験?)
「実は私も戦場で魔力適性があると診断されて──魔法都市協会から『大魔法使いの称号』を貰っているのですよ」
「ひゅ!!?」
「まあ、魔法の開眼があったからこそ将軍になるのが早かったようです」
魔法使いには階級がある。
魔法見習い、魔法使い、特一等魔法使い、その更に上が大魔法使いであり、賢者に並ぶ実力を持つ者に贈られる。
「え、だ、大魔法使い!?」
「私の場合は攻撃特化でしたけれど、レティシアならどんな魔法使いになるのか楽しみですね」
「つ、つまり……」
「ええ、向こうでは私が貴女の師匠になると思います。というかその手続きも済ませています」
「済ませてしまったのですか……」
「はい。こんなに可愛いレティシアが惚れられては困りますからね」
(屈託のない笑み!)