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 予定が少し狂ってしまったので、慌てて飲み物と夕飯用のパンを買って魔導列車に乗り込んだ。
 駅ホームに入るときに、まごついてしまったのも大きい。

(まさか手違いで三等席が満室になってしまったから、特一等室に乗せて貰えるなんて……)

 これからローズシティまでは14時間ほどかかるので、個室でシャワー室とトイレ完備しているのは有り難い。さらに特一等室では夕食と朝食が出る。

 夕食一食で私の二週間分の食費に匹敵する。それがタダというのだから気分はいい。
 車両に乗り込んで特一等室の白薔薇に辿り着いた。

 あらかじめホームで鍵となる魔導具カードを渡されているので翳すと、ドアのロックが外れる。ゆっくりと扉を開くと、そこにはホテルの一室と思える部屋が広がっていた。
 のだが。

「やあ、レティシア。遅かったね」
「!?」

 優雅に新聞を見ながら、珈琲を飲んでいるセルジュ様が窓側のテーブルに座って寛いでいるのが見えた。
 しかも私が着いた瞬間、子犬のように目を輝かせている。
 ばたん、と反射的に扉を閉めた。

(は、はめられたああああああああああああああああああああああああ!)

 三等席から特一等室なんて可笑しいと、気付くべきだった。その前にセルジュ様と会ったせいで、気が動転していて見落としたのだ。

 私がホーム入り口で足止めされている間に、セルジュ様は悠々と列車に乗ったのだろう。何もかもセルジュ様の手の平の上にいるようで、腹立たしい。

(だからさっきは、あっさり引き下がったのね!)
「レティシア?」

 ひょっこりと扉を開けて、セルジュ様が顔を出す。その留守番を頑張った子供のような期待の眼差しを向けないでほしい。
 この人本当に将軍なのだろうか。
 さっきみたいに本を読んでいる姿の方がしっくりくるような。帯剣もしていないし。

「(しかもかなり寛いでいるし!)……セルジュ様が手を回したのですか?」
「うん。三等席だと相乗りするのだろう。レティシアは可愛いから、他の男なんかと乗り合わせるなんて許せなくてね。……とりあえず、部屋に入って」
「(今からでも他の席を――)いえ、私は……」
「ダメだよ、レティシア。この列車はもう走り出してしまったし、列車内は満席で空きはここだけだよ」
(ダメだ。策を弄したとしても、セルジュ様を出し抜けるとは思えない……。さすが英雄抜け目のない)

 ここは抵抗しても無意味だと悟り、ローズシティまでの辛抱だと部屋に入る。
 自分から獣の巣に飛び込んだような気がしたが、こうなったらどうにでもなれだ。

(でも、どうしてここまで執着するのだろう)


 ***


「ふぁ!」

 室内に入るなり、素晴らしい絨毯に感動してしまった。深紅で金と銀の刺繍も素晴らしい。何より踏み心地が全然違う。
 室内を見れば調度品からカーテンレースに至るまで一級品で、ホテルのスイートルームクラスだ。ベッドも大きめで天蓋が付いていて一つある。

(なんでツインじゃないの!? いやこの際、ソファか寝袋があるからいいか──ってそうじゃない!)

 もう驚きすぎて感覚が麻痺してきたと思う。

「座ってお茶でも飲むかい? アッサムティーの最高級品を取り寄せたんだ」
「……いえ、さっき飲み物を買ったばかりなので」
「そう?」

 テーブルに向かい合わせで座ったときも悲しげな顔をしていたが、さらに目を潤ませて泣きそうな表情を見せるのは反則すぎる。
 何度私の心臓を打ち気なのだろう。殺す気か。

「(殺す……ハッ、もしかして飲み物を促したのも、個室を準備したのも、すべてはここで私を殺すため? いや自殺に見せかけるため? 中央広場で注目を晒したのも、自分にはやり直す気持ちがあったと周囲にアピールするためだったとしたら?)なんて用意周到な……」
「レティシアは、眠っている時と違って、いろんな表情を見せてくれるんだね」
(発言に犯罪臭がするのは、気のせいかしら……)
「レティシア、強引に付いて来てしまってごめんね。……でもあのまま一人で行かせたくなかったんだ」
「(一人で逝かせたくないって、看取るってわけね)……私を死んだことにしたいのなら、手を汚すまでもなく叶いますよ。セレニテ魔法都市の魔法使い試験に受かったので、向こうに着いたら名前を変えますし、世俗とも離れますから……だから殺すのは止めてください」

 そう明るめに言ったのだが、セルジュ様の顔が真っ青になった。小刻みに震えて涙目まで浮かべているではないか。
 この人本当に将軍なのだろうか。拙く幼い子供のようでないか。

「……レティシアは自分が狙われていると、気付いていたのですね」
「ん? セルジュ様は私を亡き者にしようとしたのではないのですか?」
「どうしてそう解釈になってしまったのだろう。私が愛しているのはレティシアただ一人ですよ。他はどれも路傍の石と変わりません」
「いしころ……」

 セルジュ様はスパッと言い切った。しかもキリリとしている。
 この人、真顔も顔立ちが整っているから絵になる。
 いやそれよりもその前に聞き捨てならないワードがあったのを思い出す。

「(え、私。命狙われているの!?)……えっと、もしかしてセルジュ様が眠っている私を見たというのは……」
「ええ、私が部屋に駆け込んだときに、撃退しました。レティシアは疲れていたのでぐっすり眠っていて可愛かったですよ。起こすのも忍びないと思い、たっぷり三時間ほど堪能させていただきました」
(暗殺者がいた事に驚くべきか、助けてくれたセルジュ様にお礼を言うべきか、変態だと慄けば良いのか……よく分からなくなってきた)

 ただ戦場にいながらも私の安否を気にかけて、駆けつけたことは事実なのだろう。
 その情報をどうやって入手したのかちょっと怖くなったが、今私が生きて居るのはセルジュ様のストーカー気質(?)のおかげなのだ。

「ええっと……助けていただきありがとうございます。……でも、戦場にいて私のことが……その……よくおわかりになったのですね」
「それは簡単ですよ。私が将軍になってからレティシアの手紙が増えたことです」
「え」
「どれもレティシアの名を騙ったニセモノでしたけれどね。手紙の内容も過激でしたのでレティシアが危ないと思ったのです。特に私が将軍になって一年ぐらいは酷かった。暗殺、毒殺、誘拐と──私が将軍になったことで、妻であるレティシアを亡き者にしようと考えた馬鹿な貴族が多かったようです。……ああ、ご安心ください。その一族とその他貴族にもちゃんと公開処刑(見せしめ)をしましたし、国王陛下からも『ほどほどにな(やっちまいな)』と許可を貰ったので問題ないですから」
(うわわあああああ、まったく命の危機とか感じてなかった! そして寝顔を何度も見られているなんて……恥ずかしい。死ぬ!)
「ああ、今度は顔を真っ赤にしてなんて可愛いんだろう。レティシア、抱きしめてもいいですか?」
「だ、ダメです!」