「離縁してほしい──なんて、どうして急にそんなことを言い出したんだい?」
(誰このイケメン!? ん? 離縁……、もしかして……)
「レティシア」

 聞き心地の良い声。
 白銀の美しい髪、エメラルドの瞳を潤ませ、しょんぼりと眉を下げて泣きそうな顔をする美青年──いや書類上、夫であるセルジュ・エルフォール様が私の前にいる。

(え、なっ、なんで!?)

 現在、私は屋敷を出てトランク片手に列車に乗るため、中央広場を横切っていたのだ。
 あとちょっとで、あの義実家から逃げ切れる。

 そう思ったのに、まさか軍馬で将軍自ら戦場から直行するとは思わないだろう。しかも逃げ出さないように、馬から素早く下りて私の腕を掴んでいる。
 というか甲冑姿は目立つので、全力で逃げ出したい。

「(……と言うか)凱旋は一週間後だったはずでは?」
「……ええ、でも何とか間に合って本当によかった」
(戦場から直行したご様子! 手紙が届くのを明日にしておけばよかった!)
「レティシア、()()()()()()()()?」
「──っ!」

 これではまるで私が彼に対して悪徳の限りを尽くし、散々金を貢がせた後用無しだと捨てる希代の悪女のようではないか。

 全然そんなことないのに。私は善良な市民だと主張したいが遅かった。
 と言うか既に周囲からの視線が痛い。

 視線で人間が殺せるんじゃないかってぐらいに痛いのだけれど、そんな威圧に堪える。戦争を終結させた英雄が人通りの多い中央広場のまっただ中で『離縁』なんて言葉を出せばこうなるだろう。

(なああああああああああああ! 円満離婚プランがああああ!)
「?」

 私は改めて、自分の夫の顔をジッと見つめた。
 夕暮れ時に差し掛かり魔導具の街灯が足下を照らしていく。白銀の長い髪がとても美しいと思ったし、エメラルドの瞳はどんな宝石よりも輝いて見える。

 細身で儚げな人が、この国の将軍で『英雄』というのが信じられない。
 剣を持つよりも、本やペンを手に魔導書を読み解く方が似合っている。自分の夫なのに、そんなことを考えてしまうのは、()()()()()()()()()()

(こんな素敵な人だったのね)
「レティシア?」

 甘い声にあっさりと陥落しそうになったが、当初の目的を思い出して踏みとどまる。
 私には離縁しなければならない理由があるし、時間もない。
 列車が発車する前に何とか、この場を乗り切らなければならないのだが、公衆の面前で両家の問題を口にする訳にもいかない。
 だからもう一つの理由を口にする。

「て、手紙に書いたとおり、離縁の条件を満たしたからです。五年かかりましたが、漸く貴方に借金を返し終えました。これで貴方は本当に好きな人と再婚してください」
「……そうですか。それを気にしていたのであれば一度、貴女と離婚して──改めて貴女に再婚を申し込めば良いのですね」
「そう……ん? んんんんん!?」

 トンデモナイ発言に、思わず頷きかけてしまった。
 何を言い出したのだろう。

「え、あの……」
「確かに五年前エルフォール家は爵位、ロワール侯爵家は大金を欲していた。だからこそ両家の両親が勝手に政略結婚を行ったことは理解してします。……けれどこの五年、戦争時に貴女から届く贈り物や手紙に何度も救われました。貴女は昔からずっと変わらずに私を支えてくれた、かけがえのない方です」
(いい話にしようとしている!? 手紙は小まめに送っていたけれど、そんな美談っぽい感じじゃないし、借金返済まであといくらとか、王都での出来事とかだし! 贈り物も私が考えた試作品のドライフルーツとかだし)

 真剣な眼差しに張りのある声と、その美貌で周囲の女性が卒倒していくのが見える。
 周囲の視線が一層強まるのだけれど、セルジュ様の言葉は続く。

「軍会議で王都に一時帰宅したときに、貴女と会おうとしたのですが、時間が取れず寝顔や遠目でしか見られなかったこと、五年間話す機会を作れなかったことは私の責任です。けれど戦争は終結したのです……どうかもう一度私とやり直すチャンスをくれませんか?」
(ん? 寝顔……遠目……で見ていた?)

 私的には「初めまして」なのだが、いつ私を見ていたのだろうか。
 寝顔とか見られていたかと思うと、肩書き上、夫とはいえ、なんというかなんか怖い。

(え、まさかのストーカー!?)

 慄く私に、彼は何か勘違いしたのか「もう大丈夫です」と微笑んだ。