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自宅へ向かう途中桜が舞う道を静かに歩きながら、僕は先日先生から言われた言葉を思い出す。

『あなたはあと一年しか生きられません。』
十五歳にして、僕は死と直面した。正直、信じたくなかった。両親だけに話して、何も知らないままこの世を去れば僕は幸せだったかもしれないのに。
そんなことを考えていたらもう自宅に着いた。僕は玄関の扉に手をかけ開けようとするが、僕が力もこめずに玄関の扉は開いた。実際、扉を開けたのは僕ではなく姉だった。

「あ、隼瀬(はやせ)。おかえり。」
「ただいま。今からバイト?」
「そうだよ、急に変われって言われてさぁ。」
僕の姉、由利(ゆり)は面倒くさそうにそう言うと急いで家を出て行ってしまった。
「気をつけてね。」
僕がそういうと、由莉はこちらを向き親指を上げてニカッと笑った。その姿を見届け僕は玄関を閉めた。

「ただいま」
リビングへ続く扉をあけ、母親に帰宅を伝える。
「おかえり。学校、どうだった?」
「楽しかったよ。」
「そう、よかったわ。」
短い会話だったが、僕は気にせずリビングのソファに腰をかける。今は何も考えたくなかったから僕は寝ることにした。
「寝るの?もうすぐご飯よ。」
「早くない?」
僕は時計を見る。時刻は五時三十分を回ろうとしていた。いつもは、僕の家の夕飯時刻は大体七時だ。
「今日は検診の日だって言ってなかったっけ?」
「そうだっけ。」
ただでさえも気分が沈んでいるというのに、畳み掛けるように検査で僕は首を垂れた。
「今日は早く来てくれって。さっき電話が来たの。」
「そうなんだ。」
机に並べられた食卓も、今は美味しそうとは思えなかった。
「いただきます」
白米、味噌汁、ハンバーグを口にしても美味しいと感じられない。ただのゴムを食べているようで、ご飯が進まなかった。
「無理しなくていいのよ。」
僕の前でご飯を食べていた母が気を遣って声をかけてくれたが、作ってくれた人の前で残すのは気が引けたので「大丈夫だよ」と言ってなんとか平らげた。そして着替えるまもなく僕は病院へ向かった。

 病院へ到着後、すぐに診察室へ案内された。
「こんばんは、隼瀬くん。」
「こんばんは。」
挨拶を交わしながら椅子に座る。
「学校終わりだったんだね、お疲れ様。学校はどうだったかい?」
母と全く同じ質問をされたので、僕は全く同じ答えをする。
「楽しかったです。」
「そう、よかったね。」
先生の目線がパソコンに映ったので、僕は診察室を見渡す。
「ごめんね、お母さんと話したいことがあるからちょっとの間外してもらってもいいかな?」
「はい。」

僕は言われるがまま病室を出て、待合室で待つ。何か深刻な話でもしているのだろうか。していたとしても、結局僕は死ぬんだ。もう何も怖くない。
柳原(やなぎはら)さん、先生がお呼びですよ。」
「はい。」
話が終わったのか、看護師さんが僕のそばまで来て呼んでくれた。診察室に入ると、先生と僕の母が深刻そうな顔をしていた。

「隼瀬くん、落ち着いて聞いてね。隼瀬くんの病気が悪化していて、すぐに手術しないと突然死を来すんだ。意味がわかるかい?」
「まぁ、はい。わかります。」
「それでね、今すぐにでも入院して欲しいんだ。今日はもう遅いからいいんだけど、明日から行けるかな?」
「はい、大丈夫です。」
「ありがとう。それじゃあ今日はもういいよ。」
「ありがとうございました。」
母がそう言って頭を下げたので僕も乗って頭を下げた。すると、先生も「お大事に」と笑って言ってくれた。
「明日、朝から病院へ行くから準備しておいてね。」
「わかった。」
夜道を車で走りながら僕は答えた。またあの退屈な入院生活が始まるのかと思うと気分が沈んだ。着替えと漫画、スケッチブックだけ持って行こう。

自宅に着くと、僕は自室に行って入院用のバッグを取り出した。中身を全部取り出して先ほど考えていた道具を揃える。
「あとは着替えだけか。」
漫画とか携帯の充電器とかは全部入れたから、あとは一階から着替えを持ってくるだけ。着替えと言っても、私服ではなくパジャマだけれど。取りに行こうと立ち上がった瞬間、扉がノックされる。
「隼瀬。着替え持ってきたよ」
「ありがとう。」
「それと、もう遅いからカバンに詰めたらすぐ寝なさいね。」
「わかってるよ」
適当にそう返事をして扉を閉めた。別に、すぐ寝なくてもどうせ明日は学校じゃないんだし早起きする必要はないから夜更かしをしよう。僕は荷物の入ったカバンをベッドの横に置くと、ベッドに寝転んだ。スマホを取り出して、SNSを開く。下へスライドするたびに様々な情報が頭に入ってくる。なんだか情報が頭に入ってきすぎて疲れたし、もう寝てしまおうか。どうせ明日は暇なんだし、何をしてもいいから今日はもう寝ようと僕は携帯をしまって布団を被った。

「隼瀬ー?そろそろ起きなさーい?」
下から母の声がする。
「はぁい」
僕は眠い目を擦りながら布団から起き上がった。ベッドをおり、部屋を出る。
「おはよー隼瀬。」
「おはよ」
忙しそうにパンを食べている姉に、短く挨拶をする。
「隼瀬、学校は行かないの?」
「今日からまた入院なんだ。」
「そうなんだ。」
姉は声を沈めてそう言った。
「もう時間だ。隼瀬、お大事にね。」
「ありがとう。行ってらっしゃい。」
姉はそのままスクールバッグを持って家を出た。

「そろそろ行くわよ?」
「もう?ちょっと待って」
「早くしなさい。」
「わかった」
僕はご飯をかき込むと着替えを始めた。結局病院に着いたらパジャマに着替えるわけだし、僕は中にパジャマを着て上から上着を羽織った。
「そんな薄着で大丈夫?三月とはいえ、まだ寒いよ?」
「でも病院着いたら結局脱ぐんだし、別にいいよ。」
「そう?ならいいわ。風邪はひかないようにね。」
「はぁい」
僕はそう言いながら着替えて、二階にある入院用のバッグを取りに行った。
「うぁ⋯⋯ッ」
僕は階段で目眩がして盛大に転んだ。
「ちょっと、大丈夫?!」
盛大に転んだ僕を心配して、母が駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫。足ぶっただけだから。」
「そう、びっくりさせないでよもう。気をつけてね。」
「うん、ごめんごめん。」
僕は立ち上がって再び二階へ向かった。先ほどの目眩はきっと、悪化した病気のせいだろう。思いたくもない嫌な気持ちが沸々と湧き上がってくる。いや、どうせ一年後死ぬのだからいつ死んだって同じか。
「取ってきた。いこ。」
「え、ちょっと。本当に大丈夫?」
僕の反応か、それとも僕が足を引きずって歩いていたからか。
「大丈夫。なんともないから。俺はもう行けるよ。」
「あらそう?じゃあもう行きましょうか。」
母はそういうと僕の持っている鞄を持ってくれて、車の中まで持っていってくれた。
「今回は個室しか空いてないって。個室でもいいでしょう?」
「うん。むしろ、個室の方がいいかも。」
「そう?よかったわ。付き添いで泊まり込み看病してあげようか?」
「はは、必要ないよ。」
心配症の母っぽくて、僕は吹き出した。僕だって四月で高校生なんだ。舐められちゃ困る。僕は内心そう思いながら母との会話を続けた。初めての入院ではないのに、なんだか緊張する。
「もうすぐ着くからね。」
「うん。」
僕は母の言葉でもう近くに病院があることに気がついた。僕の足元にある鞄の持ち手に腕を通した。
「いいわよ、お母さんが持っていってあげるから。」
「ありがとう。」
僕は通していた腕を取ると、窓に視線を移した。

「ほら、着いたわよ。」
ぼーっとしていたらもう着いていたようで、僕は車のドアに手をかける。車から降りると、僕の鞄を持った母が病院を見上げた。
「またここにお世話になるわね。」
「うん、そうだね。」
確かに、ずっとここにお世話になってる気がしている。
「行くわよ。」
「うん。」
僕は先を歩く母の背を追いかけて、横に並んで歩いた。

「おはよう、隼瀬くん。」
「おはようございます。今日からまたよろしくお願いします。」
僕はそう言いながら頭を下げた。
「また入院になっちゃったけど、今回は長くはないから大丈夫だよ。」
「そうですか。」
正直長くても短くても卒業式にも入学式にも間に合わないからどうでもいい。
「今の時期大事なのにごめんね。」
「いえ。大丈夫です。」
先生は申し訳なさそうに入院手続きをしていた。
「隼瀬くんが今回入院する部屋は二○八号室ね。隣は永谷梨花(ながやりか)さんだから。年齢的にも近いし、仲良くできるんじゃないかな。」
「あ、はい。分かりました」
中のパジャマが見えていないか不安で、僕はとりあえず早く病室へ行きたかった。
「それじゃあこの紙を持って病室へ。細かいことは明日話すから、今日はゆっくりしていってね。」
「ありがとうございます」
一通り会話を終えると、僕と母は病室まで向かった。病室の前に着くと、僕は息を吐いた。さっき先生が言っていた永谷梨花。僕はその人物に聞き覚えがあった。僕が通っていた中学校の人気者だった気がする。でも喋ったこともないし、僕もそれほど興味はなかっで流すことにした。
「とりあえずお母さんは今日帰るね。何かあったら先生を頼るのよ。」
「分かった。今日はありがとう」
僕が礼を伝えると、母は笑ってくれた。そして直ぐに部屋を出ていってしまった。僕は上に羽織っていた上着を脱いでハンガーにかけ、すっかりパジャマ姿になった僕は上半身だけ起こしたベッドに座った。すると病室の扉がノックされた。
「失礼します、隼瀬くん。」
入ってきたのは、僕の病気が発覚してからずっとお世話になっている看護師さんだ。
「体調は、良さそうね。それじゃあ点滴入れてるから。よろしくね」
「分かりました。ありがとうございます」
僕がそう伝えると、看護師さんは出ていってしまった。僕は早速暇になってしまったので、鞄の中からスケッチブックを取り出した。何かネタになるものを探しに行こうと点滴と共に個室を出た。僕が入院しているのは四階で、四階には売店とお話が出来そうな椅子がいくつか置いてあるだけで、それ以外は病室だった。僕は椅子に腰をかけて辺りを見渡した。特に目に入ったものはなかったが、窓ガラス越しに見える木を描くことにした。木の間から覗く太陽も忘れず、影も忘れずに、細かいところまでしっかりと描いていく。僕は昔から絵を描くことはが好きで、よく友達からバカにされていた。でもサッカーをしようと誘われたらそっちに行くし、誘われなければ絵を描く。今回の絵だってそうだ。

(うーん、微妙かな)
題材にしたものが悪かったのか、それとも僕の腕が落ちたのか。どちらにしてもあまり良くなかったため考えるのは辞めることにした。そして顔を上げると、廊下を歩く永谷さんの姿。これはまずいと思って僕は逃げるように病室へ戻った。個室に着いてから一息ついて、またベッドへ寝転んだ。今度は上半身も起こさずに一直線に寝転んだ。まだ十二時前で、お昼ご飯すら運ばれてこない時間だ。今度は漫画を取り出して読もうとするが、どうしても永谷さんのことが気になって読むことに集中できなかった。逆にもう寝てしまおうか。それとも、もう一度絵を描こうか。それは却下。集中できないことをしようとしても無駄なだけだ。結局僕は携帯を取りだした。今の時間だと学校はまだ授業中だろうが、映し出されたスマホにはメールがいくつか入っていた。
『今日休みなのか?珍しいな。』
『風邪でも引いた?バカでも風邪って引くのね。』
『今日は風邪ですか?お大事にしてください。』
と、他にも二件入っていた。僕は特別学校が好きってわけではないが、毎日は行っている。
『大丈夫、膝の怪我が悪化したからしばらく休むよ。』
僕は訳のわからない言い訳をして、メールのアプリを閉じた。幼馴染がいるわけではなかったが、特別親しくしてもらっている親友ならいる。その人の名前は一ノ瀬柊羽(いちのせしゅう)

出会いは僕が小学校五年生の頃の話。僕が一人で本を読んでいたときに、人気者の柊羽がこんな僕に話しかけてくれた。嬉しかったけど、当時の僕は冷たい対応をしてしまっていた。
『僕よりも、他のみんなと遊んだ方が楽しいよ。』
と。僕はその言葉を今でも忘れない。でも次の日、彼はまた話しかけてくれた。こうやって、僕は柊羽と仲良くなった。

『見舞い行くよ。家?』
『いいよ、お見舞いなんて。申し訳ないし。』
『なんだよ今更。何持ってきて欲しい?なんか欲しいものある?』
これはまずい。柊羽はくる気満々だ。
『多分、柊羽が来てくれるとき俺いないよ。多分だけど。』
『えぇ!じゃあ何時ならいい?』
本当に困った。そう、僕は自分の病気のことを柊羽に話していない。怖かったとか、悲しかったとかじゃない。ただ、同情されるのが嫌で。
『ごめん、本当に来なくていいから。気持ちだけ受け取っとく。ありがとう』
僕は半強制的にやり取りを終わらせると、携帯を閉じた。

「失礼します。お昼ご飯よ。」
「ありがとうございます。」
やっとお昼ご飯が届いたところで僕はため息をついた。待っていたご飯すらも美味しそうに感じられない。もし柊羽が家に来ていたらどうしよう。お母さんには僕の病気を柊羽に話したと嘘をついている。だから、色々困る。僕はそんなことを思いながらご飯を口に運んだ。でも結局のところ、二、三週間で退院はできるわけだから僕はそんなに重く考えていなかった。しかし、膝の怪我が悪化したから休むと言って、三週間も出てこなかったらさすがに心配するだろうか。僕的には先程のように心配だから見舞いに行く、がいちばん困る。確かに気持ちは嬉しいが、病気のことを何ひとつとして伝えていない僕にとっては苦痛でしかない。毎度なんて言い訳をしようか悩んでしまう。今回はもう病院に行くからの言い訳を使ってしまった。そんなことをぶつぶつ考えていると、昼食はもう無くなっていた。圧倒的僕が悪いけど、食べた気がしない。そして間もなくして看護師が入ってくる。

「お皿、下げますね」
優しい顔つきで入ってきた看護師さんの後ろに、永谷さんの姿があった。僕は早くドアを閉めてくれと思っていたが、永谷さんはこちらに気づくことなく通り過ぎたので僕はほっと心を撫で下ろして、看護師さんにお礼の言葉を告げてベッドへ横になった。僕自身、なんでここに永谷さんがいるかなんて分からない。どこか体の調子が悪いのか、誰かの見舞いに来たのか。彼女に興味もないが気になるので僕は看護師さんに聞こうと思った。とは言っても自ら聞きに行くのは少し面倒だったので、次看護師さんがきた時でいいか。僕はそう思って目を閉じた。

コンコン。 
僕はノックの音と同時に目が覚めた。誰かがドアの向こうにいる。僕は覚醒しきっていない頭で理解して、ベッドから起きる。が、瞬く間に地面に伏していた。
「ッ?!」
僕自身も何が起きたかわからない。でも、激しい眩暈がしたのは分かっていた。
「だ、大丈夫ですか?入りますよ!」
ドアの向こうにいる誰かが慌てて中へ入ってくる。
(え、永谷さん⋯⋯?)
中に入ってきた人を薄目で見ながらも、僕の意識は遠のいていった。

「ん⋯⋯?」
目が覚めた。外は真っ暗だった。
「え、夜⋯⋯?」
僕は周りを見渡しながら目を擦った。
「あ、そういえば⋯⋯」
僕は意識がなくなる前のことを思い出す。確か、誰かが僕の部屋を訪ねてきて、僕はそれに出ようとしたら倒れたんだっけ。でも、助けてくれた人って⋯⋯
僕はそれを考えた瞬間、全身に鳥肌が立った。
「永谷さん、だよな?」
信じられなかった。永谷さんに、バレた。いや、そもそも永谷さんは僕のことを知っているのか?あんなに人気者だったのだから、きっと僕のことなんて知らないだろう。そう信じて僕はもう一度目を閉じた。

           ❀
         ‎
また目を覚ますと今度は外が明るかった。夜が明けたのだ。僕は体を起こして当たりを見渡す。そういえば、腕に繋がっている点滴が増えた気がする。
「目を覚ましましたか?」
「えっ」
突然隣から声がする。僕は驚いて横を見ると、そこには永谷さんの姿が。
「おはようございます、柳原さん。」
「え、あ⋯⋯」
僕は驚きのあまり声が出なかった。
「す、すみません。人違いでしたか?」
永谷さんはそう言いながら立ち上がったので、僕は慌てて違うよ、と否定を入れた。
「ごめん、違うよ。俺は柳原だけど⋯⋯永谷さん、だよね?」
「良かった、私のこと知ってるのね。私だけかと思った。」
永谷さんは胸を撫で下ろすと、もう一度椅子に座り直した。
「え、えっと。なんでここに⋯⋯?」
僕は今まで謎だった疑問を、本人に直接聞いた。
「私、病気なの。でもそんなに大きくないから。もう治ってて、明後日退院なの。」
「あ、そうなんだ⋯⋯」
永谷さんはやはり病気で、ここに入院していたんだ。
「柳原くんは?」
「俺も、病気で。」
余命宣告を受けているなんて、そんな重い話は今できなかった。
「そうなんだ⋯⋯いつ退院できるの?」
「いつだろう、でもそんなに長くないって。」
「そっか。それじゃあ、退院したら一緒に学校へ行きましょう。」
「えっ?」
僕は情けない声を出した。
「ダメだったかな?」
「いや、ダメじゃないけど⋯⋯同じ高校だっけ?」
「そうよ。私、将来看護師になるの。だから、あの高校。」
「なるほど。」
会話が途切れてしまって、気まずくなる。

「あら」
僕が逃げ出す直前、お母さんが病室に入ってくる。
「何この子、可愛いわね。隼瀬、こんなに可愛い彼女いたの?」
「ええ?!違うよ、友達。」
僕は咄嗟に友達と言ってしまったが、永谷さん本人どう思っているか分からない。
「ああ、えっと、中学が同じな人。顔見知りってくらい」
僕は慌てて修正した。隣で戸惑う母と永谷さんの姿。
「友達じゃないの?」
母がそう聞いてくる。僕が友達と思っていても、永谷さんがどう思っているか分からない。だから安易に友達と言いきれない。
「そうですよ。友達です。ね、隼瀬くん。」
「えっ、あ、はい。そうです」
何故か母にも敬語でそう伝えた。何より嬉しかったのが、中学で一番可愛いと言われていた子が友達。喋ったことは無かったが、こんなにも優しい人とは思っていなかった。
「そうなの、やっぱり友達ね!名前はなんて言うのかしら?」
「永谷梨花です。」
「梨花ちゃんね。かわいい名前。じゃあ、隼瀬をよろしくね。隼瀬、お母さん今から由梨のバイトの送り迎えしなきゃ行けないから出ていくね。」
「うん、分かった。いってらっしゃい」
僕がそう言いながら手を振ると、母も振り返してくれる。
「優しい人ね、貴方のお母さん。」
「そう?怒ると鬼だよ」
「ふふ、面白いね、隼瀬くん」
永谷さんは口元に手を当てて笑った。正直僕は何処が面白いか分からなかったが、永谷さんが笑ってくれるならそれで良かった。
「あ、俺今から検査だ⋯⋯ごめん、永谷さん。助けてくれてありがとう」
「いいえ。偶然だから」
永谷さんはそう言うと椅子から立ち上がった。僕も一緒にベッドから立ち上がる。
「ッうわ」
が、目眩がしてベッドに逆戻り。
「大丈夫?」
「大丈夫、」
まだ目の前がグラグラする。
「診察室まで送るわ。車椅子、いる?」
「いや、大丈夫。歩いて行くから⋯⋯」
目の前がグラグラして気持ちが悪い。早く目眩が治って欲しい。
やっと収まってきた頃、永谷さんはこちらへ心配そうに覗き込んでいる。
「ごめん、大丈夫だから。ごめんね」
僕は二度謝罪をする。
「大丈夫よ。歩ける?」
「うん、大丈夫。」
僕はもう一度立ち上がる。今度は目眩がしなくて、歩けそうだ。点滴を手に取る。
「私が引くよ、点滴。」
永谷さんは僕の手から点滴を奪う。
「ありがとう。」
僕は素直に点滴を永谷さんに渡すと、歩くことに専念する。
「目眩はいつものことなの?」
「いつもの事、なのかなぁ。今日聞いてみるよ」
丁度今から検査なので、その時に聞こうと思った。
「そうなの。そうするといいわ」
永谷さんはそう言って笑った。
「ありがとう、ここまで来てくれて。じゃあ、」
僕は感謝をすると、診察室に入っていく。永谷さんも、笑って手を振ってくれた。

「失礼します」
そう言って入る。
「大丈夫かい?少し遅かったようだけど⋯⋯」
「すみません。あの、少し話したいことがあって」
「うん?いいよ?」
僕の主治医は目を見開いてそう言った。
「ありがとうごさまいます。あの、最近目眩がして。先程も目眩のせいで遅れてしまって⋯⋯」
入院する前も、目眩のせいで階段で転んだ。それもきっと関係ある。
「なるほど⋯⋯じゃあ、詳しい検査をしてみようか。」
「はい、お願いします。」
僕は頭を下げた。
「じゃあ、ここの部屋へ」
「はい」
先生に案内された部屋は、大きな機械があった。僕はこの機械で病気の進行具合を見ている。いつもやっているのに、毎度やる度に緊張する。
「緊張してる?」
先生は困ったように笑いながらそう尋ねる。
「はい、ちょっと」
それに対して僕も笑いながら答える。
「いつか慣れるよ」
「そうだといいんですけどね、」
僕は曖昧ながら答えた。正直、こんなに大きい機械を前に緊張しない方がおかしい。
「それじゃあこれを着て」
主治医は僕に服を渡すと、着替えるように言った。僕はその場で服を脱いで、渡された服に腕を通す。
「それじゃあここに寝転がって。」
先生は僕を誘導する。僕は先生が導くままベッドに寝転がる。先生が僕をベルトで固定すると、「動くよ」と先生が言ったのと同時にウィィンという音とともにベッドが動き出す。
「少し音鳴りまーす!」
先生が声を上げてそう言う。僕は返事をする術が無いのでそのまま聞き流す。
するとどこからがウィーンという音と共に機械が動き出す。
「終わりでーす。ゆっくり動かしますね」
先生はそう言うと機械を動かして寝転がっている僕を光のある元へ出す。
「お疲れ様。もう部屋に戻って大丈夫だよ」
「はい。ありがとうございました」
僕は頭を下げると、部屋から出る。

病室に向かっている途中、談話室の前に花が置かれていることに気がついた。あとで、スケッチブックを持ってここに来よう。僕はそう思って部屋へ向かった。
「あれ、まだ居てくれたんだね」
「うん、少し心配だったから。」
永谷さんは僕が戻るまでずっと待っていてくれた。とても時間がかかったはずなのに。
「今からなにかする予定、ある?」
「あー、うん。あるにはあるけど⋯⋯」
先程決めた予定も、永谷さんと居れるなら取消でも構わない。
「何をする予定だったの?」
「絵を描くことかな。談話室に、とても綺麗な花が飾られてたんだ。」
「隼瀬くん、絵描けるのね。素敵。」
「いや、描けるっていうか、趣味だから」
「じゃあ、そこに行きましょう。私は隣で隼瀬くんが描く絵を見ているわ。いいかな?」
「うん、いいよ。」
「そうと決まれば行きましょう」
永谷さんは僕の手を引く。
「今日はすいてるから、お隣失礼するね」
「うん。分かった」

談話室に着くなり、永谷さんは僕の隣に座った。早速僕は鉛筆を取り出して先程題材にしようとしていた花を見る。花はチューリップだった。ただのチューリップかもしれないが、今の僕にとってはとても綺麗に見えた。
「あれ、描いてるんだね。チューリップかぁ」
僕の集中を途切れさせないためか、永谷さんは僕に話しかけず独り言のように呟いた。永谷さんの心遣いを受け取って、返事はせず黙々と描き続けた。無駄な線は消して、必要な線だけ残す。鉛筆を寝かせて影を描く。
「うん、出来た。」
僕は満足気にそう言うと、永谷さんは興味津々と言ったところで「見たい」と言ってきた。
「いいよ。上手じゃないけど」
僕はそう言ってスケッチブックを永谷さんに渡す。
「すごい、これ、本当に鉛筆?」
「うん、一応。」
僕は色鉛筆を使うのが苦手で、いつも鉛筆で済ませてしまう。
「鉛筆ってすごい⋯⋯ねぇ隼瀬くん。また今度描いて?絵。私が題材持ってくるから」
「うん、いいよ。」
また、という言葉が聞けて僕は嬉しい。
「じゃあ、部屋まで送るよ」
僕はそう言って立ち上がった。
「ありがとう」
永谷さんもそう言いながら立ち上がって、二人で歩いて行った。送ると言っても隣の部屋なので、正直送った気にはならない。
「それじゃあ、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
僕達はドアを半開きにさせながらそう言った。中に入って、ドアを閉めるタイミングも同じだったと思う。僕は嬉しくなって、点滴の持ち手を強く握りしめた。ベッドに横になってからまもなく、夕飯が送られてきた。
「ありがとうございます」
僕はお礼を言って箸を手に持った。今回の夜ご飯は、とても美味しそうに見えた。

         ✿

 
       ‎❀̸

「隼瀬くん、卒業式はどうするの?」
今日も部屋に訪れて来た永谷さんが、僕にそう尋ねる。
「卒業式?」
「そうだよ、三日後にある卒業式。」
「え、三日後なの?」
案外近くに迫ってきていた。でも結局僕は出られないだろう。短期間の入院だとしても、高校の入学式も間に合わないだろう。あの時と同じだ。
「私はギリギリ退院出来るから出られるけど、隼瀬くんはどうするの?」
「うーん、どうしよう。先生に相談してみるね」
僕は曖昧ながらも会話を流すと、永谷さんは頷いてくれた。
「今日も絵、描くんだよね?」
「うん、描こうかな」
僕はそう言いながらスケッチブックに手を伸ばす。
「今日の題材は私が持ってきたよ。これ、描いて欲しいんだけど」
そう言いながら永谷さんは題材を出す。それは、とある風景画だった。
「綺麗。これ、永谷さんが撮ったの?」
「そうだよ。この前家族と行ったんだ。」
「そうなんだ」
一見特別な画では無いが、青い空と白い雲、緑の野原に立つ永谷さんの後ろ姿。
「じゃあ、描いてみるね。」
僕はそう言って鉛筆を持つ。まずは形から。鉛筆を立てて線を描き足す。段々絵が出来上がってくる度、永谷さんは感動の声を上げる。
「うん、こんな感じかな」
僕は満足気にそう言うと、永谷さんは見せて見せてと言ってくるので僕はスケッチブックを永谷さんに渡す。
「すごい!鉛筆とは思えないクオリティだね」
「そうかな」
僕は照れ隠しのため髪の毛をいじる。
「じゃあ明日はもっと違うもの持ってくるね。期待してて!」
「うん、分かった。」
「じゃあね!」
僕は笑顔で手を振る永谷さんに、僕も一緒に手を振る。そして彼女は病室を出ていった。もう一度描いた絵を見直して、訂正する。薄かったところを濃く、足りない線を描き足す。少し訂正しただけでも、見た目が変わるのが絵だ。僕は絵のそこが好きだった。僕はスケッチブックを数枚めくり、数日前に描いたイラストにも訂正をする。自分の絵を見るのは嫌いではない。寧ろ好きだ。自分の絵が上手いとは言わないが、自分の理想をそのままこじつけたのが僕の絵だ。
「あ、そういえば」
僕は数日前に描いたイラストを未完成のまま放置していた気がする。そんなことを思い出してスケッチブックをめくる。
「あった」
見つけたイラストは本当に少ししか描いていなくて、そもそも何を書いていたかすらも覚えていない。でもどうしても完成させたくて、僕はそれっぽいイラストを続けて描く。
「あ、思い出した⋯⋯」
天国だ。僕は天国を描こうとしていたんだ。長い階段と、それを登ろうとしている僕。僕はその続きを描いた。僕の上には、まだ登り続けている誰か。僕より先に亡くなった、誰か。
「描くんじゃなかった」
僕は描き終わったあとに後悔した。もうすぐ自分が死ぬってことが分かった時に速攻で描いたイラストの続きを描いたことに後悔した。もう絵を描くのはやめよう。そう思って布団を深く被った。そして、気がついたら僕は眠ってしまっていた。

目を覚ました。布団を深く被ったまま寝ていたようで、僕は布団を引き剥がす。すると、暗くなった自分の部屋。
「ふっ、はぁ⋯⋯」
欠伸をして、僕はテレビのチャンネルに手を伸ばす。テレビをつけると、芸能人が亡くなっているニュースが流れてきた。
(最近よくあるよな、こういうニュース)
僕はそう思いながらペットボトルの蓋を開け、水を飲んだ。僕は「推し」と呼べるほどの好きなアイドルはいなかったが、元々好きだったアイドルならいる。そのアイドルも、つい先日亡くなった。でも僕は何も思わなかった。結局、僕もそのうち死ぬのだから。

「あ、目が覚めましたか?」
入ってきたのは看護師さんだった。
「すみません、今起きました」
「そう、おはよう。夕飯お持ちしますね」
看護師さんは優しい笑顔と共に部屋を出ていった。運ばれてきた夕飯はいつもと変わらず美味しそうだった。僕は、ずっと卒業式について考えていた。僕は小学校の頃の卒業式に出ていない。理由は単純、病気のせいだ。三月に入って病気が悪化し、長期入院で中学の入学式すら出れていない。今回もどうせ同じだろう。永谷さんが手を打ったところで何も変わらないだろう。僕はそんなことを思いながらご飯を食べた。お皿をさげたあと、また眠気が襲ってきて、直ぐに風呂と歯磨きを済ませるとベッドに入った。そして布団に身を包まれながら目を閉じた。

翌朝。目を開けると眩しい光が飛び込んでくる。僕は欠伸をひとつこぼして顔を洗いに行った。洗面所には空の花瓶がひとつと、コップと歯ブラシのみ。短期入院なのですぐ片付けられるようにしてあるだけだ。
「うわ、ひっどい顔。」
僕はそんな酷い顔を直ぐに洗い流したくて顔をゴシゴシ洗った。そしてタオルで拭いて、ベッドに戻る。また退屈な一日が始まった。でも、勉強はしようと思わない。結局高校に入ってすぐ死ぬんだし、勉強なんてするだけ無駄だった。
コンコン。
軽い音が病室に響く。
「はーい、どうぞ」
僕は声を弾ませて扉に向かってそう言った。そして顔を出したのは、永谷さんだった。
「おはよう、隼瀬くん。調子はどう?」
「うん、今日も平気。永谷さん、今日で退院だよね?」
「そうだよ。明日が卒業式だからね。その時期に合わせてもらったの。隼瀬くんの方ね、私が先生に話したら、いいよって。一緒に卒業式出よう?」
「え、いいよって。でも、問題しか⋯⋯」
「大丈夫。先生にも伝えてあるし、何かあったら私が助けてあげるから。」
彼女は前向きだった。後ろを向いている僕よりも、断然かっこよかった。そんな期待に僕は裏切られなかった。
「分かった。頑張ってみるよ。ありがとう、永谷さん」
僕はそう言って微笑むと、永谷さんも笑ってくれた。
「あと、梨花でいいよ。そんなにかしこまらないで。」
「あ、うん。分かったよ」
突然呼び名を変えろと言われてもすぐ変えられるわけがないが、僕は名前呼びができることに少し喜びを抱いていた。
「それじゃあ今から準備があるから、私出るね。」
「分かった」
彼女はいつものように笑って手を振っていた。僕も振り返した。そして数時間後、梨花は退院した。退院する前に、もう一度僕の部屋に来てくれた。彼女はいつもの服装と違って、私服で、すごく可愛かった。忘れがちだったが、彼女は僕の中学校のマドンナだ。可愛くないわけが無い。僕は明日の卒業式が何だかワクワクしてきた。しかし制服は家なので、僕は携帯を取り出して母にメールを送った。
『明日の卒業式、出れることになったから制服持ってきて』
と。

翌日。僕はワクワクしながら制服の袖に腕を通した。学ランは重いし動きにくいけど、今日は何だか体が軽くて動きやすく感じた。いつもの目眩もしない。健康はばっちりだ。
「それじゃあ先生、十二時前には帰ってきますので。よろしくお願いします」
すっかりスーツ姿になった母と父と共に病院を出た。こうして3人で車に乗るのはとても久しぶりだった。
「隼瀬、身長伸びたなぁ。今日で中学も卒業かぁ。早いな」
単身赴任で家にいることが少ない父は、今日だけ日にちを開けてくれていて、僕は本当に今日卒業式に出られてよかったと思った。学校に近づくにつれて、生徒が増えている。着込んだ制服も、今日だけは新品のように輝いていて見えた。
「おはよー隼瀬!」
車から降りた途端、柊羽に話しかけられた。
「おはよう柊羽」
「おじさんおばさんもおはようございます!」
「おはよう柊羽くん」
「お前本当に膝が⋯⋯ぐふっ!」
僕は咄嗟に柊羽の口を防いだ。
「ほへふふんはよははへ!」
何言っているか僕もわからなかったが、恐らく「何するんだよ隼瀬!」だろうな。
「ごめん母さん、父さん。先行ってるね」
「わかったけど、気をつけなさいよー!」
母の声に、僕はグッと親指を立てて返事をした。
「ちょ、ほんと何するんだよ」
「ごめん、色々事情があって」
「お前、膝悪くないんだな」
「ま、まぁね」
まずい。ここはどうにかして誤魔化さなくては。
「お前ー!俺たち卒練で先生たちにくっそしごかれたんだぞ!!」
「え、ちょ!柊羽、離せって!」
「なんだよー!お前にもあの苦しみを分けてやる!」
柊羽は僕のことをつんつんしながらそう言った。
「早く行かないと間に合わないって!」
「あ、やべっ確かに」
突然柊羽は僕の腕を掴んだ。
「行こうぜ!遅れると今度は殺される!」
「ま、待って!!」
僕は無闇に走れない。走ったら、発作を起こすかもしれない。僕は必死に柊羽を止める。
「あら、おはよう隼瀬くん」
僕の前に現れた女神、梨花だった。
「おはよう梨花。」
「隼瀬?!」
柊羽は驚いたようにこちらを見ていた。
「良かった、今日出られて。体調はどう?」
「うん、全然平気。むしろ元気だよ」
「そう?良かった。それじゃあ、教室で。」
「あ、うん。またね」
僕が手を振ると、彼女も振り返してくれた。一方柊羽は、放心状態のままだった。
「なんでお前が梨花と⋯⋯」
「んー、なんでだろうね?」
僕は少しおどけてみた。すると柊羽はやっと正気に戻ったようで、僕にしがみついてきた。
「なぁ!どうやったら梨花と仲良くなれるんだよぉ!俺、今まで梨花に話しかけてきたけど無視されたの初めてなんだよ!」
柊羽はなかなかモテる。いや、相当モテる。僕が知ってる限りでは、10回以上は呼び出されている気がする。それほどこいつはモテるのだ。ただ、梨花は別のようだった。
「知らないよ⋯⋯まぁ、卒業式終わったら梨花に話しかけに行こう」
「そうする⋯⋯」
柊羽は駄々こねている子供のように僕から引っ付いて離れない。
「今度こそ遅れる。歩いていこう」
僕がそう促すと、柊羽も歩いていってくれた。

「うわ、なんかカオス。」
教室に入ると、みんな笑ったり泣いたりしていた。3年間しか無かったが、それなりの思い出はみんなあるのだろう。
「お前何かないのかよ、思い出。」
「思い出?」
僕が思い出せる範囲の思い出と言ったら、入学式に出れていないことくらいだと思う。正直これ以上思い出があるかと聞かれたらない気がする。
「まぁお前休みがちだったもんな!一番の思い出は俺だろ?」
柊羽が肩を組んで来て、僕はそれを素直に受け止める。
「はいはい、そうですそうです」
僕は適当にそう返事をすると、梨花の姿が目に入った。気がつけば僕は梨花を目で追っていた。
「なぁ、やっぱり好きなんだろ?」
「は?!」
僕は柊羽の言葉に大きな声を出してしまった。
「うるさい。違った?」
「えっ、違うし⋯⋯」
僕は曖昧ながらも首を横を横に振った。
「そうかぁー、そうなんだなぁー。」
柊羽はわざとらしく僕にそう言った。
「離せー!」
僕たちが騒いでいると、先生が教室に入ってくる。
「お前ら、席につけー。」
先生がそう言うと、みんな一斉に席についた。
「おはようみんな。今日は待ちに待った卒業式です。やっとこの学校ともお別れですよ。」
先生はそういった。僕は悲しくもなんともなかった。ただ、卒業式に出られることが嬉しくて。正直のところ、卒業式に参加するのは初めてだった。
「緊張してんの?」
「見ての通りだ。」
きっと僕はここの誰よりも緊張している。
「まぁ落ち着いて行こうぜ。足痛くなったら俺がおんぶしてやるよ。」
「ありがとう」
ニコッと笑いながら言う彼に、僕は恐怖を覚える。
「それじゃあ移動するぞ。出席番号順に並べー。」
先生の言葉で、みんなは廊下に並ぶ。僕もみんなと一緒に廊下に並ぶ。
「隼瀬、足の調子はどうだ?」
「うん。だいぶ良くなったよ。」
そういえば、膝が痛いことにしていたっけな。
「よかったな。今日の卒業式、頑張ろうな。」
「うん、頑張ろう。」
僕がそう言ったのと同時に、列が進み出した。それに着いて行く。本当に、今日は調子がいい。足取りもしっかりしているし、目眩もしない。途中、梨花と目が合う。何時ものように手を振ってくれて、僕も振り返した。
体育館前で待機をする。みんな、身だしなみを整えている。喋っては行けないので、ジェスチャーで会話している人もいた。僕も、ドキドキしている。初の卒業式。僕は緊張しながらも、ワクワクしていた。
「卒業生、入場」
体育館内でアナウンスが流れる。その言葉が流れた途端、みんなの顔に緊張が走った。一組から順番に入っていく。僕たちの組は三組だ。前の二組が入っていく。そして、三組。僕は練習なんて一切出ていない。でも、やらなきゃ行けないことはやって来ている。梨花から厳しい訓練を受けたのだ。ぎこちなさと、緊張をもちあわせて体育館に入場する。保護者の方が、カメラを構えている。僕はそんなこと気にせず、前を向く。隣の子が曲ったタイミングで僕も体の向きを変える。そして、席に向かって歩く。着席する。
「校長先生のお話」
アナウンスの後に校長先生が話し出す。
(あれ?)
突然、僕の体が不調を訴える。一部分が痛いとかそういう訳ではなくて、全身からだるくなって行く感覚。
(なんでこんな時に)
僕は後悔する。元々、卒業式なんて出られるような体じゃないのだ。
「卒業証書、授与!」
そうアナウンスが流れた途端、一組の前列が立ち上がった。
一人一人受け取っていく。正直、とてもじゃないけど立てる状況じゃない。僕は足の上で作っている拳を強く握りしめた。冷や汗が頬を伝う。
(もっと耐えてくれ、頼む⋯⋯!)
自分にそう言い聞かせる。そして、三組が立ち上がる。僕の列が立ち上がったら僕も立ち上がる。その時に倒れないか。卒業式という素晴らしい式を、僕のせいで壊したくない。目の前の列が動き出す。それと同時に、僕達の列は立ち上がった。僕も一緒に立ち上がる。途端、目の前がグラッと揺れた。僕は思わず足が縺れる。が、何とかバランスを取り直して歩く。舞台へ登る階段も、視界がぐわんぐわん回ると、所々引っかかってしまう。先生にも小声で声を掛けられたが、人生、最初で最期の卒業式。僕は最後までやり遂げたかった。だから僕は「平気です」と小声で返して舞台を降りた。舞台の上にいる間、僕の両親と梨花に目が合った。三人とも不安そうな顔をしていたが、僕はヘラッと笑って平気アピールをした。

その後はよく覚えていない。ただ、乗り切ることに必死で。体育館を出たあと、僕は倒れた。みんな混乱していたけど、梨花だけは「よく頑張ったね」と褒めてくれた。他のみんなには梨花からなんとか誤魔化してもらった。僕は保健室に運ばれたあと、いつもの病院へ行くことになった。

「卒業証書授与から具合悪かったでしょう?」
「うん、実はね⋯⋯でも結局受けれてからいっかって。」
「まぁ、そうだね⋯⋯隼瀬くん人生初の卒業式だもんね」
梨花は僕を責めるわけでもなく、いつもの笑顔で笑ってくれた。僕はそんな彼女の姿に申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいだった。
僕は病室の窓際に置いてある卒業証書に目を移す。
お互い無言の空気が流れる。僕はドキドキしていた。今、余命のことを言ってしまうか、それともまだ先にするか。しかし、言うなら今しかない。今しかないのに、僕の口は開かなかった。
「私、そろそろ帰るね。また来る。」
「あ、うん⋯⋯わかった。今日はありがとう」
僕がそう言うと、彼女は一礼して部屋を出て行った。彼女が個室を出た途端、僕は大きなため息をついた。言えなかった、言ってしまえば良かったのに。何故言えなかったんだ。僕の心の底から後悔がふつふつと湧いてくる。
「今じゃなくてもいいよね⋯⋯」
僕は自分にそう言い聞かせて布団を被った。

         ✿


       ‎❀

朝、目を覚ます。やっと高校の入学だ。よって、僕の余命は残り四ヶ月。僕は新しい制服に腕を通してカバンを持ち、家を出る。登校は基本車かバス。今日は母親が朝から仕事だったためバスで行くことになった。僕はバス停まで歩き、ちょうどバスが到着していたのでバスに乗り込む。学校まで差程距離は無いので、外の風景を見て過ごす。ふと携帯を見てみると、メッセージが二件入っていた。
『おはよう、隼瀬くん』
『今日は正門で待ってるからね』
僕はその二件を読み、返信を送信する。
そしてちょうどバスが学校の近くに止まり、運賃を払いバスを下りる。学校は本当に近くて、目の前では無いが角を曲がったらすぐに正門が見える。僕は数多い人数の中から、梨花の姿を探す。見つけたが、梨花はたくさんの人と話している。やはり、ここの高校でも人気者なのかもしれない。
「あ!隼瀬くん!おはよう」
梨花は僕の姿を見つけるなりこちらに手を振ってくる。手を振ってくるのは嬉しいが、なんとも目立っているため控えめに振り返す。
「梨花が待ってたのってこの人?」
「うん、そうだよ。」
何となく目が合った女の子に、僕は軽く会釈する。正直、あまり慣れていない異性の人と話すのは苦手だ。
「行こっか。教室まで」
「あ、うん。」
僕は梨花に手首を取られ、歩く。下駄箱で靴を取り換え、中へ入る。中は意外と綺麗に保たれていた。
「梨花、柊羽ってどこの学校に通ってるかわかる?」
「柊羽くん?あぁ、同じ学校だと思うよ。」
梨花は人差し指を顎に当てながらそういった。
「そうなんだ⋯⋯」
僕にとって好調だ。いっそ、梨花と一緒に病気のことと、余命のことを伝えられたら楽ちんだな。また今度呼び出して伝えよう。
「隼瀬くん?どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもないよ。」
僕は梨花に話しかけられて、自分がぼーっとしていたことに気がつく。
「新しい学校で緊張してるの?」
「うん、そうなのかもしれない。」
僕は笑いながらそう言った。
「ここよ。教科書は机の中に入ってるから。」
「うん、わかった。ありがとう。」
僕は席について教科書を確認して、カバンに詰める。
「ねぇ、君」
突然後ろから話しかけられる。
「入学式の時は居なかったよね?」
「う、うん。」
「どうして?」
「あ、えっと⋯⋯なんて言うか」
僕は病気のことを見ず知らずの人に言う勇気はない。
「足が悪くて」
中学の頃は膝が痛いと言って数週間休んだことがあるが、言い訳も乏しい。
「そうなんだ。名前はなんて言うの?」
「柳原隼瀬だよ。」
「そうなんだ。俺は麗音(れおん)。気軽に呼んでくれて構わないよ」
「うん、ありがとう。」
僕は学校が始まって早々新しい友達ができ、嬉しいけれどこれ以上新しい友達を作るのはやめよう。
「じゃあ、チャイムなるから。何かわからないことがあったら遠慮なく言ってくれ。」
「ありがとう」
僕たちはそれぞれ席についた。同時に先生が入ってくる。僕にとって新しい授業だ。

「隼瀬くん、午前の授業お疲れ様。」
「ありがとう」
梨花は僕にジュースを持ってきてくれた。僕はそれを受け取る。
「もう帰るの?」
「うん、先生から午後の授業はやめとけって言われてるから。」
「そうなんだ。これからもあるのに大変だね。」
「あぁ⋯⋯うん、そうだね。」
これから。僕にこれからなんてあるのだろうか。否、あるわけない。
「隼瀬くん?大丈夫?」
「あ、うん。ごめん」
「あ、予鈴がなるから帰るね。隼瀬くん、職員室の行き方わかる?」
「うん、大丈夫。午後の授業頑張って。」
「ありがとう。」
僕たちは別れた。僕はそのまま教室を出た。職員室に向かう途中、柊羽と目が合ったが手だけを振ってそのまま去った。

次の日。僕は学校へ行く前に携帯を見た。すると、メッセージが一件入っていた。相手は柊羽だった。内容は「学校来てたんだな」と。僕は「そうだよ」と入力し送信した。このあと、どうしてなど原因を聞かれたらどう答えようか。僕はそんなことを考えながら玄関を出た。今日は家に母親が居たので車で送って貰うことにした。
「じゃあ、行ってきます」
「今日は一時にここで待ってるね。気をつけて」
「分かった」
車の扉を閉めて、正門へ向かう。正門にはいつも通り梨花が居た。
「おはよう隼瀬くん」
「おはよう、梨花」
挨拶を交わして、またお互い校門を通る。
「今日も午前だけ?」
「そうだよ」
階段をのぼり、教室へ入る。
「おはよ!隼瀬」
「おはよう、麗音」
馴れ馴れしい彼とは、あまり仲良くなれないかもしれない。僕は心の中で謝りながらそう思った。
「隼瀬」
「えっ?!」
後ろから突然話し掛けられる。声の主は、僕がよく知る柊羽だった。
「少し話がしたい。今、いい?」
「うん。いいよ」
僕は柊羽に連れられて人通りが少ない廊下へ連れられた。
「どうしたの?突然」
「お前、やっぱり俺に話すことあるだろ」
「話す⋯⋯こと?」
「あぁ。どうせ、昨日まで学校へ来なかった理由は足が痛いとかだろ?」
「あ⋯⋯うん」
「それが違うだろって言ってんの」
柊羽は、僕を見つめてそう言った。僕よりも数センチ高い柊羽の身長はなんだか怖い。
「ち、違うって⋯⋯」
「もういいんだって。言い訳なんて。俺だって聞きたくない。」
「⋯⋯⋯⋯」
もう言うしかない。でも、今言ったとして。
「おかしいだろ。中学入った時も足が痛いとか言って来なかっただろ。途中もずっと」
「うん。」
「それ、おかしいだろ。どう考えても。話せよ、全部」
「帰り⋯⋯いや、学校終わってから。俺たちがよく一緒に遊んだ公園あるだろ」
「あぁ」
「そこの公園に来てくれれば、話す。全部」
「⋯⋯分かった。お前こそ絶対来いよ」
「分かってる」
お互い約束を交わし、僕達は教室に戻った。僕はいつも通り、午前で授業を終わらせて家へ帰った。
「おかえり隼瀬。学校どうだった?」
「うん、いつも通り。今日、夕方くらいに柊羽と公園行ってくる」
「公園?」
「うん、公園。」
「そう、分かったわ。遅くならないようにね」
母親は怪しそうに僕を見ていたが、理由は聞いてこず了承した。正直助かった。
「着いたわよ。カバン持つわ。」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
母親の気遣いをやんわり断り、カバンを持つ。
「うわ」
カバンを持って立ち上がったはずが、僕はしゃがみこんでいた。
「大丈夫?!もう、だから言ったじゃない」
「ご、ごめん⋯⋯さっきまで持ててたから行けるかなって」
「気をつけなさい。」
「うん、ごめん」
僕は大人しくカバンを母親に渡した。そして僕達は家の中へ入っていく。柊羽との約束まであまり時間が無い。チクタクと進む時計の音が、僕の心を急かすようで落ち着かない。
「隼瀬、大丈夫?」
「大丈夫。」
僕は頭の中で何度もシュミレーションして、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。
「行ってくるね、公園」
「え?もうそんな時間。行ってらっしゃい。気をつけるのよ」
「うん」
僕は玄関を出る。あまり遠くは無いのに、公園までがとても遠く感じる。
「あ、梨花誘った方が良かったかな」
突然誘われて、尚且つ夕方。危ない時間帯に誘う訳には行かないので、また別の日にすることにした。

「お、来たか」
やっと見えてきた公園に居たのは、紛れもなく柊羽だった。
「ごめん、遅れたかも」
「いや、俺が早かった」
お互い沈黙が流れる。
「話せよ」
「あ⋯⋯うん。」
僕は意を決して言葉を発す。
「俺、病気なんだ」
「⋯⋯は?」
「病気で、もう長くない。ただ、それだけ」
「ふ、ふざけるなよ⋯⋯」
「ふざけてなんか居ない。本当のことなんだ」
「なんで早く言わなかったんだ!!」
柊羽が怒鳴る。
「⋯⋯言おうと思ってた。でも、言えなかった」
「なぁ、嘘だよな。隼瀬、嘘だと言ってくれよ⋯⋯」
「ごめん。」
僕がそう言った途端、彼は膝から崩れ落ちた。僕はただ立って彼を見つめることしか出来なかった。
「柊羽、立って。まだ話がしたい」
僕がそう言うと、彼は立ち上がった。僕達はそのままブランコに座り、ぽつぽつと話し出す。
「最初は、どうしようかと思った」
「うん」
「先生から死ぬよって言われて、いっそ自分の首を締めてしまおうかと思った日もあった」
「うん」
「でも、そんな俺を救ってくれたのは柊羽と梨花だった」
「俺?」
「うん。柊羽は何事にも一生懸命頑張ってて、あぁ、俺はなんて愚かな人間なんだって思って」
「そんなことない」
「柊羽、こんな俺でもまだ友達でいてくれる?」
「当たり前だ。お前が死んでも、俺はずっとお前の親友だ」
「柊羽ならそう言ってくれると思った」
「でも俺は、お前が黙っていたこと怒ってるからな」
「それはごめんって。すぐ話さなきゃって思ってたけど、話せなかったんだ」
「これからは、俺にわがままを言え。絶対だ」
「うーん、難しいなぁ⋯⋯」
「言わなかったら俺は一生お前に付き纏う」
「それでもいいよ?俺は」
「俺が良くない」
「柊羽も随分わがままだなぁ」
「しょうがないだろ」
僕たちはまた新しい友人のように笑い合った。
「梨花は?梨花には言ったのか」
「⋯⋯ううん、言ってない。でも、病気のことは知ってる」
「早く言え。絶対に」
「うん、そうするよ。」
「お前を家まで送る。」
「うーん、じゃあお願いしようかなぁ」
僕と柊羽は一緒に歩き出す。柊羽は僕の歩くペースに合わせてくれて、ただひたすら歩いた。
「ありがとう柊羽。また明日、学校で」
「あぁ。話してくれてありがとう。またな、隼瀬」
僕たちは別れた。僕はそのまま玄関の扉を開け、帰宅を伝えた。
「何してきたの?珍しいじゃない、2人で遊びに行くなんて」
「遊びに行ったわけじゃないけどね。たまには二人で話したいなって思って」
「そうなの。柊羽くんも昔からよく遊んでくれたからね」
「うん。」
僕は夕飯が出来るまでリビングで待つことにした。
「隼瀬ー、色鉛筆って持ってる?」
二階から降りてきた由莉が、僕にそう尋ねる。
「持ってるよ。どうして?」
「課題で必要でさ。どんなやつ?」
「結構色あるよ。返してくれれば全部貸してあげる」
僕は色鉛筆が大量に入ったケースを由莉に渡す。
「ありがと、まじ助かる。」
由莉はそれを受けとり、また二階に行ってしまった。
「由莉ー?すぐご飯だからねー」
「分かったー!」
何気ない日常も、今の僕にとって幸せだ。数少ない幸せの半分は、家族だ。残りは、柊羽と梨花。僕はそんな数少ない幸せを噛み締めながらソファに座った。
(明日は、梨花⋯⋯その明日は、麗音⋯⋯)
まだまだ伝えなきゃ行けない人は沢山いる。僕は過去の僕を恨んだ。
「隼瀬、ご飯よ」
「ありがとう」
僕は母親の作った料理を前に座った。数ヶ月前に比べて、僕が食べるようになったご飯の量随分少なくなった。
「いただきます」
手を合わせてご飯を食べる。ただその日常が、今の僕にとって幸せだった。ご飯を食べ、寝る支度をしてから僕はベッドの上で梨花と電話を始める。電話を始め、時間が経った頃に僕は口を開いた。
「梨花、明日話があるんだ。学校終わってから、正門で待っててくれない?」
『え?うん、分かった。』
「じゃあね、おやすみ。」
『おやすみ!』
お互い電話を切り、僕はいつも通り眠りにつく。

時は過ぎて、放課後。僕は緊張しながら正門で梨花を待った。
「ごめん!遅れちゃった」
「ううん、俺こそ少し早すぎた」
「そして、話って?」
「あぁ、うん⋯⋯俺たちが初めて出会った場所、覚えてる?」
「初めてあった場所?確か⋯⋯病院だったよね」
「そう。なんで俺が病院に居たか知ってるよね」
「病気だったよね?軽い病気って⋯⋯」
「⋯⋯ごめん、それ嘘なんだ」
「え⋯⋯?」
梨花の表情は、影になりよく見えなかった。
「俺、もうすぐ死ぬんだ。」
「嘘だよね?嘘、だよね⋯⋯?」
「ごめん、今まで言えなくて」
「そんな、私、まだ隼瀬くんと、出会ったばかりなのに⋯⋯」
「本当に、ごめんね。」
「⋯⋯じゃあ、今まで隼瀬くんが経験できなかったことを私にやらせて。」
「えっ」
「私が隼瀬くんのやりたいことをやらせて欲しい。」
「それは、ありがとう」
「また今度、遊びに行こう。柊羽くんでもさそって。」
「いいの?」
「うん。隼瀬くん、柊羽くんと仲良かったよね?」
「うん。じゃあ、柊羽さそってくるね。」
「わかった。ありがとう。」
僕たちは別れた。僕も家に帰る途中で、柊羽にメールを送った。
「ただいま。」
「おかえり。ご飯できてるわよ。」
「わかった、ありがとう。」
僕は手を洗ってご飯を食べる。最近は無意味な日を過ごしていた気がしていた。でも、今日も昨日も意味のある日だったような気がする。来週の土曜日は遊びに行く日。僕は死ぬまで、楽しい日々を過ごせるのかもしれない。そう思ったら、僕は少ないこれからがとても楽しみになった。

一週間後。僕は待ち合わせ場所の駅にいた。
「ごめん、お待たせ」
「柊羽?!早いね」
「隼瀬の時間を使うわけにはいかないだろ」
「あー、うんありがとう」
珍しく私服で揃ったみんなと一緒に電車へ乗り込む。久しぶりのお出かけで、少しテンションが上がっていた。
「隼瀬、具合が悪くなったら伝えろよ」
「そうだよ。すぐ助けてあげるから」
「ありがとう」
電車に揺られ、三十分後。駅に着いて電車を降りる。デパートは駅の近くにある。
「隼瀬、行きたいところはあるか?」
「初めて来るからよくわかんない」
「え、隼瀬くんここ初めて来るの?」
「うん。いつも病院にいたから」
「そうなんだ。じゃあ今日は楽しも。」
「うん!」
僕は笑いながらそう返事をした。
「最近リニューアルしたんだってな。相当広くなってる」
「本当だ⋯⋯迷子になっちゃいそう」
「隼瀬、離れるなよ」
「分かってるって」
こんなに広ければ、本当に迷子になってしまいそうだ。
「まず昼ごはんだよなー。」
僕達は食堂へ向かい、ご飯を食べる。梨花はクレープ、柊羽はラーメン、僕はポテトを食べていた。
「次、何見る?」
「思い出に残るような⋯⋯写真でも撮ろうか!」
「いいね、それ」
僕達はご飯を食べ終わり、ゲームセンターに入った。ゲームセンターの中にある写真機で写真を撮った。
「はは、梨花宇宙人みたい」
元々目が大きい梨花が、写真で加工されさらに目が大きくなるとまるで宇宙人のようだ。
「もー!そんな事言わないでよ隼瀬くん」
「ごめんって」
僕は梨花と共に写真の落書きをしていた。一方柊羽は一瞬でどこかへ行ってしまった。
「できた!これ取り分けて⋯⋯はい、隼瀬くん」
「ありがとう」
「あれ、柊羽くんは?」
「ごめん、終わってた?」
戻ってきた柊羽の腕には、大きなぬいぐるみがいた。
「柊羽、これどうしたの?」
「取った」
「ええ、すごい」
「隼瀬にやるよ。思い出の品」
「いいの?」
「ああ、あげる」
柊羽はそう言いながら僕にぬいぐるみを渡してきた。僕は素直に受け取って、ぬいぐるみを見つめる。
「でもそれ重いだろ。持っててやるよ」
「うん、ありがとう」
僕はまた柊羽にぬいぐるみを返した。
「次どこ行こうか」
「あのさ、最後でいいんだけど」
「ん?」
「最後に、花火したいな」
「花火?いいぞ。じゃあ最後に花火買ってくか」
「ありがとう」
僕は憧れていた、花火をみんなですることが出来ることに喜びを抱いていた。
「じゃあ、次行くかー!」
僕らは服屋に入った。お揃いの服を買って、お揃いのアクセサリーを買って。
「じゃあ、最後花火買って花火するか」
僕達はいちばん大きい花火を割り勘して買い、駅で僕らの町へ帰りいつもの公園で花火を始めた。
「隼瀬ー!こっちだぞ」
「あ、うん!」
僕は柊羽達のいる所へ向かう。そこではもう花火が始まっていた。
「隼瀬、しっかり握ってろよ」
「う、うん」
花火の持ち手を握りしめ、柊羽が先端に火をつけてくれる。途端、ぱちぱちと花火が弾けた。目の前の明るい火に、目は輝いていた。
「綺麗ね⋯⋯」
「うん、綺麗⋯⋯」
「俺も一本ちょうだい」
花火を握りしめている柊羽が隣から火をちょんと付けて同じ火が弾ける。一方僕の花火は力尽きてバケツの中に入っている。
「新しい花火持ってくるね」
少し離れた場所にある花火を持ってこようと、立ち上がる。
「ッ⋯⋯!!」
途端、ぐらっと目眩がする。僕はすぐにしゃがみ、目眩がおさまるのを待った。
「隼瀬?!」
「隼瀬くん?!」
「う、ぁ⋯⋯」
動悸も激しく、倒れてしまうかと思った。
否、僕は倒れていた。

「隼瀬!」
僕は目を覚ました。場所は⋯⋯病院だ。
「あれ、ここ⋯⋯」
「隼瀬くん、倒れたのよ。もう、心配させないで」
「へへ、ごめん⋯⋯」
「体に異常は?目眩とか、しない?」
「大丈夫、もう収まった」
「よかった⋯⋯おばさんは今、先生と話してるから」
「そうなんだ」
僕は布団から起き上がる。外は明るかった。
「ごめん、心配かけて。大丈夫だから」
「もう隼瀬の大丈夫は信用出来ないな」
「そうよ」
「それは困ったなぁ、」
僕は笑って誤魔化した。その誤魔化しが二人をさらに怒らせてしまったようだ。
「もう!さっきは私たちがいたから良かったけど、居なかったらどうするつもりだったの?!これからは気をつけてね」
「そうだぞ」
「うん、気をつけるよ。ありがとう」
「本当に気をつけてよ。私たちは用事があるから帰るけど⋯⋯まずいなって思ったら誰かに言うこと。隼瀬くんはそれが出来てない」
「分かった。ごめんね、心配かけて」
僕がそう言うと、二人は部屋を出ていった。
僕が死ぬまで、あと二ヶ月。

「隼瀬くん、一ヶ月後に文化祭があるの知ってる?」
「文化祭?」
「そう、文化祭。私たちのクラスは劇をやるんだよ。」
「そうなんだ。見に行ってもいい?」
「もちろん!」
梨花は僕の病室の花を変えながらそう言った。僕は入院のせいで間違いなく劇に出ることは出来ない。だが、自分のクラスの出し物位は見たい。
「ほかのクラスの出し物も見ないかない?柊羽くんのクラスはなにをやるんだっけな⋯⋯あ!りんごあめだ。りんごあめを作るって言ってたよ」
「へぇ、楽しそう」
今まで文化祭に参加したことはなかったため、初めての文化祭に少し胸を躍らせていた。
「楽しみにしててね。私、主役を任されたの。」
「主役?凄いじゃん」
「でしょ!だから頑張ろうって思って」
彼女は楽しそうに笑っていた。この笑顔を見ると、僕も自然と笑顔になる。
「楽しみにしてるね。見に行くから」
「うん!待ってるね」
梨花はそう言って病室を出ていった。入れ替わりで柊羽が病室に入ってくる。
「隼瀬、具合はどうだ?」
「柊羽、来てくれたんだね」
柊羽はたくさんのゼリーを持って来てくれた。
「いいのに、わざわざ持ってこなくて」
「いーや、俺がしたいからしただけ」
柊羽は机にゼリーを置いて、話を進めた。
「一ヶ月後、文化祭があるんだ。俺たちのクラスはりんごあめをするんだ。梨花たちのクラスは⋯⋯劇をやるって」
「うん、さっき梨花から聞いた。」
「あ、来てたのか。すれ違いになっちゃったか」
「そうみたいだね」
「隼瀬ってりんごあめ好きだったよな?」
「知ってたんだ」
僕が昔、家族と柊羽の家族で一緒にお祭りへ行った時、りんごあめを初めて食べて美味しい美味しいと何度も言った記憶がある。その事を柊羽は覚えてくれていたんだ。
「それで、通してくれたの?」
「そう。隼瀬の名前は出てないけど、そんなことを言ったらすぐ許可してくれた」
「いいクラスだね」
「そうだね、本当」
「しまった、俺今から塾だ。ごめんな隼瀬、あんまり長くいられなくて」
「ううん、来てくれるだけで嬉しいから」
「じゃあな、隼瀬!」
「うん、またね柊羽」
僕達は別れた。

文化祭当日。
「隼瀬くん、私たち劇まで時間あるから一緒に回ろ!」
「あ、うん」
僕は主治医に何とか説得して文化祭に出ることを許してもらい、僕は病院を出た。
「先にりんごあめに行かない?」
「そうだね、行こう」
僕達は柊羽のいるクラスへ行った。
「隼瀬、来てくれたんだ」
「うん、来たよ。一本何円?」
「150円だよ。食べる?」
「一本ちょうだい」
僕がそう言うと、柊羽はすぐ持ってきてくれた。僕はそれを受け取って、ひとくち食べる。
「美味しい」
「当たり前だろ!俺たちのりんごあめが一番だ」
「うん、本当かも」
「梨花も一本どうぞ」
「ありがとう」
梨花もひとくち食べて、美味しいと言っていた。その言葉に、柊羽は同じことを言っていた。
「待って、今何時?!」
「今?今は十時半だけど、」
「やばい!もう劇の集合時間だ!」
「えっ!急いで食べて!」
梨花はチョコバナナをひとくちでパクッと食べると、そのまま走り去った。
「ちょうど俺も休憩だし、一緒に劇見に行く?」
「行きたい!」
僕が顔を上げると、その反動でりんごあめが落ちそうになる。
「おい、落ちるだろ」
柊羽がりんごあめを手で拾った。
「ごめん柊羽、つい⋯⋯」
柊羽は拾ったるをパクりんごあめと食べた。
「よし、行くぞ」
「はーい」
柊羽に手を引かれ、体育館へ向かった。
「わぁ、人が多い」
体育館の中は人で溢れかえっていて、はぐれそうだ。
「おい、はぐれんなよ」
「まって、無理かも」
僕は気がついたら人の流れに飲まれ、迷子になりそうになる。
「馬鹿、こっちだ!」
「うわぁ!」
僕は勢いのまま倒れる。
「ったく、言ったそばから」
「へへ、ごめん」
「人が多いな、さっきのクラスは何だったんだ?」
「さっきのクラスの出し物は⋯⋯あれだね、バンド」
「あー、そりゃ人気だわ⋯⋯」
柊羽は頭をガシガシっとかいた。
「あれ?柊羽くんと隼瀬くん。こんなところでどうしたの?」
僕たちの前には、衣装に身を包んだ梨花の姿。
「ごめん、人の流れが多くて避難してきた」
「そうだったんだ。人が少なくなるまでここにいなよ」
「うん、そうさせてもらう。ありがとう」
そう言って僕と柊羽はその場にしゃがみ込んだ。
「うぅ⋯⋯」
「隼瀬?どうした?」
「いや、ごめん⋯⋯人混みとか苦手で」
「そうだったのか。早く言ってくれよな」
「へへ、ごめん」
僕はそのまま膝に顔を埋めた。
「そろそろ大丈夫そうだが⋯⋯隼瀬、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
僕達は立ち上がって、予め用意してあった席に着いた。
「始まるよ柊羽!」
突然真っ暗になった体育館に、観客はざわっとする。
『むかしむかし、あるところに、かわいいかわいい王女様がいました』
アナウンスと共に梨花が出てくる。
そして次々にキャラクターが出てくる。
劇も終盤、クライマックスシーンなのにも関わらず僕の体調はとても悪かった。いつも緊張するシーンは心拍数が上がってしまい具合が悪くなってしまう。
「隼瀬?大丈夫か?」
柊羽が小声でこちらに話しかけてくる。真っ暗なため、柊羽の顔は見えない。それに、頭をあげることすらできない。
「大丈夫⋯⋯じゃなさそうだな。ちょっと抜けるか」
柊羽が軽く腰を浮かしたのを見て、僕も動こうとする。が、動くことすら出来ない。
「動けるか?」
柊羽にそう聞かれる。僕は何とか立ち上がって動く。
「しんどいな、大丈夫だからな」
なんとか体育館の外へ連れてってくれて、柊羽はすぐ車椅子を持ってきてくれた。柊羽の手助けによって座り、保健室へ向かう。
「しんどかったら眠っちゃっていいぞ。」
「そ、する⋯⋯」
僕はそのまま眠りについた。

「⋯⋯隼瀬!」
「し、柊羽⋯⋯?」
「良かった、目が覚めたか」
僕は目が覚めて、周りをきょろきょろ見る。どうやら僕は病院にいるらしい。
「しゅ、う」
酸素マスクのせいで話しにくい。柊羽は僕に近づいて一生懸命聞き取ろうとしてくれる。
「ごめん⋯⋯迷惑、かけて⋯⋯」
「何言ってるんだ。何も迷惑なんかじゃねぇよ」
柊羽はそう言って僕の頭を撫でてくれた。
「あり、がと⋯⋯」
僕は笑って、また眠りについた。

        ‪✿

あの柳原隼瀬が死んだ。死因は病死。昨日、俺と梨花と隼瀬で文化祭を回ったのが最期だった。きっと、相当具合が悪いのを隠して文化祭へ来たのだろう。

「柊羽、隼瀬くんのお母さんから電話よ」
「え、電話?」
振替休日の日の朝、俺が一階へ降りると俺の母親が電話機の前で立っていた。
「はい、もしもし。柊羽です」
『柊羽くん?よかった、繋がって⋯⋯あのね、落ち着いて聞いてね。』
「は、はい⋯⋯」
『隼瀬が、昨日の夜に亡くなったの』
「は⋯⋯?」
俺は思わず声が出なかった。おばさんの声も少し震えているように感じた。
『最期に、柊羽くんと話せてよかったって。梨花ちゃんとも出会えて嬉しかったって。』
おばさんはそう言いながら泣いていた。俺も気がついたら目から涙が零れていた。
「あの、今すぐ行っていいですか。梨花も呼んで」
『ええ、そうしてくれると嬉しいわ』
「すぐ向かいます」
俺は電話を切って、自分の携帯で梨花に電話をする。
『もしもし、柊羽くん?どうしたの?』
「ごめんな、朝から。落ち着いて聞いて欲しい」
『え?う、うん...』
「隼瀬が、昨夜亡くなった」
『えっ⋯⋯?』
梨花の声すら聞こえなかったが、鼻をすする音は聞こえた。きっと、梨花も泣いているんだろう。
「だから、病院へ行きたいんだ。詳しいことは俺もよく知らない。迎えに行くから、準備して待っとけ」
『わ、わかった⋯⋯』
電話を切り、俺も準備があまりなっていないが着替えて寝癖を直し、玄関を出た。
梨花の家に着いた時、俺はチャイムを押した。殆ど、チャイムが鳴ったのと同時に梨花が出てきた。
「すぐ行きましょう」
梨花の奥には母親もおり、どうやら病院まで送ってくれるようだった。
「乗って、柊羽くん」
「お願いします」
車に乗り込み、病院へ向かう。俺も梨花も、ずっとそわそわしていたと思う。
「着いたわ。迎えはまた連絡してちょうだい」
「わかった、ありがとう」
「ありがとうございます」
車をおりて、すぐ病院の受付で事情を話して部屋へ案内してもらった。
「はや、せ⋯⋯」
ここまで涙を我慢してきたが、亡くなった隼瀬を目の前にするとどうしても泣いてしまった。なんとも十六歳という若さでこの世を去った。どうしても心残りと言うものはあるだろうけれど、隼瀬の顔は満足したような顔をしていた。俺の心の中では、その顔だけでも安心してしまった。部屋の奥では、隼瀬の両親と隼瀬の姉が泣いていた。
「ごめんね、柊羽くん、梨花ちゃん⋯⋯」
なにがごめんなのか分からない。でも、俺達も喋る余裕がなくてただひたすらに泣いた。

「あー、泣いた⋯⋯梨花、大丈夫か?」
やっと落ち着いた頃、俺は梨花に話しかけた。
「ごめ、ごめんね⋯⋯」
梨花はまだ泣いていた。俺よりも関わっていた期間が短いのに、こんなにも泣いてくれる人と出会えたとは。隼瀬は、きっとあいつが思っている以上に出会いに恵まれていると思う。
「いーや。大丈夫だから。」
俺は立ち上がって、その場を去った。きっと、一人にした方がよさそうだったから。俺は近くの自販機で暖かいココアを買った。
「梨花、これ」
梨花の腕にココアの缶をぴた、と当ててココアを渡す。梨花はココアを両手で包み、ふぅっと息を吐いた。
「大丈夫?」
「うん、もう大丈夫⋯⋯でも、もう少しだけここにいたい」
「うん、俺も」
二人でベンチに座る。
「私、隼瀬くんの余命のこと、知ってたんだ」
「え?」
「隼瀬くんに出会ってすぐ。隼瀬くんのお母さんに問い詰めたら、教えてくれた。」
「そうだったんだ⋯⋯」
「でも、本人の口から聞けて嬉しかった。何も知らずお別れなんて、気が済まないからね」
「はは、そうだな。」
「うん」
俺たちは、一緒に笑いあった。きっと、この方が隼瀬も嬉しいだろうから。
「明日、葬儀があるって。行くよな?」
「うん、出席しようかなって思ってる」
「そっか。」
お互い沈黙になる。多分、考えをまとめる時間は必要な気がする。
「少し、受け入れられたかもしれない。」
「俺も。まだ少し信じられないけど⋯⋯」
いつか、へっちゃらな顔をして名前を呼んでくれるんじゃないか。叶わぬ希望を抱いているがそんなことはないとないと分かっている。そんな事実が少し受け入れられたかもしれない。
「よし、今日はもう帰ろう。きっと、一人で考えたいだろ」
「うん、そうする。お迎え呼んだから、少し待ってて」
「ううん、平気。俺歩きながら考え事したいから」
「そう?⋯⋯分かった。気をつけて帰ってね。」
「ああ、ありがとう」
俺は歩き出す。

翌日。あまり眠れず葬儀に参加する。葬式場には、様々な人がいた。用意されているパイプ椅子に座る。すると、隣に梨花がいた。
「おはよ、梨花」
「おはよう、柊羽くん」
お互い挨拶を交わすが、話す内容がなく俯く。飾られた写真の中の隼瀬は、少しおっとりしたような顔をしていた。きっと、まだ健康な時に撮った写真に違いない。
「綺麗に飾られてるな。花⋯⋯あれ、これってチューリップ?」
「そうだよ。隼瀬くん、チューリップが好きだって言ってたから」
「そうなんだ⋯⋯」
あいつがチューリップを好きとか少し珍しい。
「墓参りに行く時、チューリップ持っていってやるか」
「そうだね」
話している間に葬儀が始まり、お互い黙る。一人一人線香の前に手を合わせる。
(今までありがとう、隼瀬。また今度、遊びに行こう)
さようなら、なんて言いたくなかった。別れなんて慣れてないし、別れを経験したくもない。持ってきた花を添えて。
「ありがとう」
俺はそれだけ言い残して場所を去った。
「柊羽くん、このまま帰る?」
「帰るって⋯⋯どういうこと?」
「ご飯でも行かないかなって思って」
「ああ、いいね。行こっか」
「梨花ちゃん、ちょっといいかしら」
涙の跡をつけたおばさんが、梨花を呼び出して何かを渡していた。遠くからだが、あれはスケッチブックだろうか。
梨花は中身をみて、ぽろぽろと再び涙を流していた。よく見えなかったが、スケッチブックには三本のチューリップが花瓶に刺さっている絵らしい。あいつは、本当にチューリップが好きだったんな。
「ごめん、おまたせ。」
俺たちはご飯屋に向かって歩き出した。

そしてまた翌日。俺たちは約束した場所に集合して墓へ向かう。チューリップを抱えて。
「ごめん、少し遅れた」
「ううん、平気だよ。じゃあ、行こっか」
墓場は徒歩で行ける距離なため、一緒に歩き出す。
「疲れたら言ってな。」
「うん、分かったわ」
少し歩いたあと、墓に着く。柳原という文字を探して歩き回る。
「あれじゃない?」
梨花が指を指す。俺たちは近寄った。
「あ、先客がいる。誰だ?」
「確か⋯⋯麗音くんだったような、」
「麗音?隼瀬って麗音と仲良かったのか?」
「うん、初日でよく喋ってたよ」
「そうなのか⋯⋯ちょっと意外」
俺と梨花は近付いて、少し話す。
「麗音だよな?」
「柊羽?」
肩を叩いて話しかけると、麗音が反応する。
「麗音、隼瀬と仲良かったんだな」
「あぁ。まぁ、仲がいいって言えるのかどうか分からないけどね。じゃあ、俺は失礼するよ」
「うん、またな」
俺たちは別れた。
ちょうど新しい花が挿してあったが、チューリップも追加で詰めたら中々ボリューミーななってしまったが良いだろう。梨花はチューリップを四本添えていた。ロウソクに火をつけて、線香にも少し火をつける。煙がたった線香をたて、手を合わせる。
(ゆっくりおやすみ、隼瀬。)
(隼瀬くん、まだまだやりたいことはあっただろうけど、私は隼瀬くんと出会えて良かったよ。おやすみ、隼瀬くん)
「さて、帰るかー。」
俺が立ち上がった途端。
後ろに

笑った隼瀬がいる気がした。