重苦しい空気を破るように、ティリットのキーボードを叩く音が調査室に響いていた。

「まずはEが使った通信経路を洗う。匿名化されたメッセージでも、学内ネットを通ってるなら、痕跡は残るはず」

「VPNとトンネルを使ってたとしても、校内Wi-Fiに一度でも接続してたなら、残留データがある可能性はある」

アルテミスがうなずく。

セレネはノートを開きながら、机の上の資料を整理する。

「推薦人が虚偽の推薦をされた件も、Eが裏で手を加えていたとすれば、選挙管理システムそのものが狙われてる」

「つまり、ただの選挙妨害じゃなくて、選挙操作だな」

リベルタが低く言った。

「Eは、どの候補が勝つかすら決めようとしてる。そのために人を潰し、信頼を壊し、自分に都合のいい人物を頂点に据える」

そのとき、ティリットの手が止まった。

「引っかかった。投票管理サーバーへの外部アクセスログを見つけた。しかも、選挙公示の前日だ」

アルテミスが目を見開いた。

「前日。まだ立候補者も出揃ってない時期に、何を操作するっていうの?」

「たぶん、候補者名簿か、推薦状の改ざん準備」

セレネが読み上げる。

「あるいは嘘の推薦人を登録する枠を用意しておいたか」

リベルタが静かに呟いた。

「計画は、もっと前から動いていた」

ティリットが、画面を指差した。

「しかもこれ、学内ID付きの端末からのアクセス。つまり、内部の人間だ」

「外部じゃない?」

アルテミスの瞳が鋭くなる。

「じゃあEは、この学園の中にいる。私たちの、すぐそばに」

部屋の空気が、ひときわ冷たくなる。

セレネが立ち上がり、カーテンを閉めながら言った。

「ここまで仕込めるのは、よほど技術があるか、権限を持ってる人物だけ」

ティリットが付け加える。

「生徒会、運営委員会、IT管理補佐、写真部、図書委員会。一部の生徒は管理端末に触れる許可がある」

アルテミスがふっと思い出したように口を開く。

「そういえば、リリアンは推薦状の提出をずいぶんスムーズに終えてたわ。普通、もう少し時間がかかるはずなのに」

「関係あるかもしれないな」

リベルタが壁のホワイトボードにリリアンの名前を記す。

「だけど今はまだ、怪しいじゃ足りない。証拠がいる」

ティリットが画面を切り替える。

「そこで、これ。逆追跡プログラム。学内サーバーに入り込んだEのアクセスパターンを使って、奴が何を監視していたか洗い出せる」

「つまり、Eが何を恐れていたかが浮かび上がる」

アルテミスが微笑む。

「嘘の女王は、完璧なようで、きっとどこかに“揺らぎ”を抱えている。そのひび割れを、私たちは突けばいい」

リベルタは静かに頷く。

「ティリット、解析を。セレネは推薦人リストとシステムの照合。アルテミス、お前はリリアンを揺さぶれ」

「了解」

三人がそれぞれ動き出す。

そして、誰もいなくなった部屋の隅。
ホワイトボードの片隅に、リベルタが小さく書き足した一文があった。

「選ばれる者を操作する者。それが、真のEだ」