ホームズとポアロ 〜アンソレイエ学園事件簿〜

翌朝、アンソレイエ学園の廊下には、いつもと変わらぬざわめきが流れていた。
だが、その一角に妙な緊張が走る。
昇降口の掲示板前、人だかりができていた。

「なに……これ……」

生徒たちがざわざわと騒ぎ始める。

掲示板には、複数の写真が貼られていた。
その全てが、アルテミスを写したものだった。

図書館で本を読む横顔、廊下を歩く姿、ティーカップを持ち上げる手。
どれも日常の一瞬だが、それ故に私的だった。
何より、写真の一枚一枚に添えられたキャプションが、悪意に満ちていた。

『これが完璧な人間の裏側?』
『クールすぎる美貌って、逆に怖くない?』
『ポアロ様、笑うことを忘れた女神説』

皮肉とも冗談ともつかない言葉が、写真の下に印字されている。
周囲の生徒たちは、半ば面白がりながら、しかしどこか目を逸らすような視線を交わしていた。

誰も声をあげない。
なぜなら、これは笑える範囲のいじめだと思われていたからだ。

そこにアルテミスが現れる。

彼女は掲示板の前まで来ると、静かに歩みを止めた。
生徒たちが一斉に空気を張りつめさせる中、アルテミスは一枚の写真に目を止めた。

それは、昨日の放課後、彼女がロッカーの扉を閉じる瞬間の写真だった。
明らかに、この場にいた誰かが撮ったもの。
つまり、犯人はまだ近くにいる。

「面白い構図ね。シャッターのタイミングは悪くないわ」

そう言って、アルテミスは一枚の写真を丁寧に剥がす。
そしてゆっくりと折りたたむと、胸ポケットにしまった。

「証拠になるかもしれないもの。念のため、ね」

その態度に、生徒たちは凍りついたように道を開ける。

背筋を伸ばして、何事もなかったように去っていくアルテミスの背中を、誰も追いかけなかった。

その様子を、階段の陰から見下ろしていたのは、リベルタだった。

「第二の矢、放たれたわね」

アルテミスはスケッチブックのようなメモ帳に、簡潔な文字を走らせる。

《犯人の心理:直接攻撃ではなく“同調圧力”による孤立化を狙う》
《写真という“見える武器”を使い、正当化を誘う》
《ターゲットの反応を“観察”している気配》

「試してるのよ。どこまで崩れるか、って」

リベルタの背後で、ティリットの声が低く響く。

「キャサリン、だと思うか?」

「可能性は高い。でも、やるには手慣れすぎてる。もっと“演劇的”で、冷静な頭が動いてる気がする」

「つまり、共犯者か」

「ええ。彼女は顔で、誰かが手を動かしてる」

リベルタが小さく頷いたその瞬間。

「おはよう。朝から陰謀話とは、重たいわね」

アルテミスが二人の前に現れた。

表情には動揺の色はない。むしろ、凍てつくような静謐があった。

「アルテミス、お前は大丈夫か?」

「私は平気。でも、リベルタ、ティリット。あなたたちは?」

「は……?」

「これは私だけの問題じゃない。どこまで巻き込む気かはわからないけど、私を使った心理戦なの」

アルテミスは、胸ポケットを軽く叩いた。

「反撃してもいいかしら?」

その言葉にリベルタは目を細め、ティリットは一瞬呆気に取られたあと、ふっと笑った。

「アルテミス……やっぱりあんた怖いわ……」

「ふたりの天才が揃ってるなら、俺はもう止められないな」

「じゃあ、まずは状況の整理から始めましょう」

アルテミスは歩き出す。その歩みは軽やかでありながら、迷いがない。

その背中に、リベルタがぽつりと呟いた。

「ようやく、こっちのターンってわけね」