ホームズとポアロ 〜アンソレイエ学園事件簿〜

午後十二時、図書館の窓際。

学園のざわめきが嘘のように静まり返った館内。
木々の葉を透かして射し込む柔らかな光が、読書机にやさしく差し込んでいた。

その一番奥の席で、アルテミス・ポアロは黙々とページをめくっていた。
姿勢は崩さず、指先だけが静かに動く。まるで精密な機械のように。

「また推理小説? よく飽きないわね、アルテミス」

隣の席では、セレネ・ヘイスティングズが頬杖をついたまま、退屈そうにぼやいた。
その視線は窓の外の空ばかり見ている。

「これは推理小説じゃなくて事件記録、未解決の実在事件をまとめた資料よ。ロンドン警視庁の失態が、行間に滲んでくるの」

アルテミスは視線を上げずに答えた。
口元にはかすかな笑み。
だがその目は、氷のように澄んでいて、決して感情を映さない。

「ほんと、不思議だわ」

セレネが言う。

「時計の事件も、あれだけ見事に解決したのよ。ふつうはもっと騒いでもいいと思うのに、ちょっとは自慢とかしないの?」

「騒ぐのは、他人の役目。私は結果を出すだけ」

淡々としたその言葉に、セレネは呆れたように眉をひそめる。

「ほんと、あんたって変なところでストイックよね。もう少し自分を褒めてもいいと思うんだけど」

その時だった。図書館の奥、木の床を軽やかに鳴らして二つの影が近づいてきた。

「褒めてほしいなら、僕がいくらでも言ってあげるけど?」

ひょいと顔を出したのは、ティリット・ワトソン。
その後ろからは、手に分厚い本を抱えたリベルタ・ホームズが静かに続く。

「いたいた、君たち、こういうときは大体ここにいるよね」

ティリットが当たり前のように椅子を引いて腰を下ろす。

「ねえアルテミス、こないだの報告書、ロンドン警視庁に送った? うちのじいちゃんがめっちゃ気にしてたんだけどさ」

「送ったわ。データ添付で。ログも残ってる」

「はっや。冷酷すぎてちょっと引くわ」

「ティリット、それは褒め言葉よ」

セレネが笑いながらティリットの頭を軽く小突いた。

「それにしても、珍しい組み合わせだな」

リベルタが窓の外に目をやりながら言う。

「放課後の図書館で、君たち三人がそろってるなんて。何かあった?」

「別に、アルテミスがいつも通り死んだ事件を解剖してるだけ」

セレネが言って、ちらりとアルテミスの手元の本に目をやる。

「未解決事件か。相変わらず趣味が悪い」

「趣味ではなくて練習よ。優れた探偵は、過去の見落としから学ぶもの」

アルテミスの声には何の揺らぎもない。
だが、いつものこととわかっていても、その言葉には妙な重みがあった。

「ってことはさ、今後また事件が起きるって想定してるってこと?」

「アンソレイエ学園に事件が起きないわけないだろ」

リベルタが本を机に置きながら言う。

「むしろ、もう何かが動き始めてる気がする」

その一言に、ふと、四人の間に沈黙が落ちる。

窓の外にはまだ陽が残っているというのに、どこか空気が冷たく感じられたその時。

「失礼。図書館にいらっしゃる方で、アルテミス・ポアロさんはいらっしゃいますか?」

カウンターから司書の声が響いた。
全員が顔を上げる。アルテミスが席を立つと、司書がそっと手紙のような紙を差し出した。

「あなたのロッカーに、これが貼られていたそうです。先生に渡されたので、念のため」

受け取った瞬間、アルテミスの表情がわずかに曇る。

そこには――。

《美の女王 気取りはやめて。あなたの化けの皮、剥がしてあげる》

とだけ、切り抜き文字で貼り合わせた不気味なメッセージ。

セレネが息をのむ。

「……なにそれ……」

「騒ぐのは他人の役目だっけ?」

ティリットが冗談めかして言うが、その声はかすかに揺れていた。

アルテミスは黙ったまま手紙をたたみ、窓の外を見やった。

「始まったわね」