その日から、綾人と連絡を取り合うことは一切無くなった。日々行われていた他愛ないメッセージのやり取りはもうない。春休み中ということもあり、当然会うこともない。
 私は就活とバイトの両立で異常に忙しくなり、寂しさはすべてそれに紛れていった。
 

 冬が通り過ぎて、少しずつ暖かくなって、新学期が始まっても状況は変わらず。

 久々に見かけた綾人はいつもと変わらない様子で、元気そうに見えた。仲間たちと笑い合う姿を遠目で見てホッとする。


 手を振れば以前のように「おう」と笑ってくれそうな気がしたが、気がするだけだ。
 あれだけ一緒にいた私たちが、行動を共にせず言葉も交わさず、お互い他人行儀にしているのだから、別れたことは明白だった。


 母親や姉と喧嘩をしたとして、相当腹が立って不機嫌になったとしても、いつの間にか和解して元に戻れてしまう、家族だから。
 けどそれは家族だからであって、綾人との間には成り立たない。綾人は、家族も触れられないような私の内側を知っていたけれど、家族でもなんでもない。他人なのだ。
 縁が切れたらそれでおしまい。

 
 望み通り、離れてみてはじめてわかる。
 どれだけ大切にされていたか、大切だったか。わかったところでもう手遅れ。


 道標を失ったように私は、あらゆる面で混迷を極めた。悩んだ時や困った時に、気軽に相談できた人は傍にはいない。
 綾人の助言は誰に言われるより説得力があって的確で、信じられたから。ぬくぬくと楽をして甘えていたと思うと呆れてしまう。


 就活の真っ只中にいて上手くいかないことも多く、自信を失いあれこれ考えている時期に、バイト先であるコーヒーチェーン店の、正社員の話をいただいた。

 私が目指していた職種とは全く違う、この辺りの会社で内定が取れればと希望していた業種とも違う。
 けれど三年くらい同じ店舗でアルバイトをしてきて、自分には、この世界が合うんじゃないかと思うようになっていた。

 人と接することが好き、居心地のいい場所を提供することやお客様との人情溢れるやり取りに喜びを覚える。コーヒーやそれ以外の知識も、好きだからこそどんどん増えたし、バリスタの資格はとうに取得しており、後輩の育成にも携わっていた。お世話になっている女性社員は皆素敵な人たちで、あんな風に周りに心を配れるような大人になりたいと、憧れていたことも大きい。

 とんとん拍子で話は進み、卒業後の進路が決まってしまった。
 自分のやりたいことや、目標が見つかった気がして、とても張り切っていたし、嬉しかった。
 それを一番に伝えたい人に、伝えることはできなかった。




「──加納君、あの人と一緒にいるね」

「ああ、ほんとだね、香坂さん。つき合ってるのかな」



「はあっ? なんで? 冗談でしょ?]

 麻衣子と美鈴が声を荒げる。
 加納夫婦は長い喧嘩しているだけで、そのうち元に戻るだろうと思われていたらしい。

「ほんとにもういいの?」って 言われても、どうにもならないの。
 綾人だもん、誰も放って置かないってー。
 私がいなければ、と考えていた通り、誰とどうなってもおかしくない。

「大丈夫。私はまた新しい恋愛をする権利を得た!」

「勿体ないっ! 首に縄つけてでも逃がすなって言ったでしょ!」


 だって、そうしてしまったんだもの。
 
 好きだって、言えなかったんだもの。

 綾人の方はもう見ない、見たくない。
 綾人も私を見ないから。


 最後に話をした日から、もう五ヶ月が経とうとしていた。


 私は私で、社会人になった押切先輩から「つき合おうよ、三吉ちゃん」と、真面目に交際を申し込まれたけれど、きちんとお断りした。正直言うと、綾人と拗れるきっかけを作ってくれた先輩のことを、少し恨んでもいた。まあそこは、逆恨みではあるのだが。


「やっぱりダメか」
「ダメですね」
「なんで別れたの、後悔してるんじゃん」
「……してません。時間の問題でしたから」



❄️


 ───別れて一年、また次の冬が来た。


 卒論も提出済みで自由になった私は、自分一人で計画を立てて、近場のスキー場に日帰りでボードをするために向かっていた。


 スキー場に向かう時は、いつも必ず綾人と一緒だった。一緒にいた三年間で、十何回行っただろうか。私もだいぶ上達したのだ。



 降りしきる雪の中、一人で山の上に立つ。


「なにもこんなに降らなくたって……」


 はじめての一人ボードだというのに、神様惨いよ。
 強風の中、何度も何度も転びながら下まで降りては、またリフトで上っていく。
 楽しいといえば楽しいのだが、これは何の苦行だろうか。
 ボードは一ミリも滑れなかったが、一から綾人に教えてもらった。
 もう、なんとか一人でも滑れるのよ。



 雪なんて嫌いだ。大嫌い。

 でも、綾人と見る雪は好きだった。


「寒すぎる……」


 早く季節が移り変わればいい。



 そしてついに、
 私たちは卒業式当日を迎えた────。