今でも思い出すと呼吸が浅くなる。最期に思い出すなんて、静佳は卑怯だ。

 卑怯で何物にも代えがたくて、大切な大切な婚約者だった。

 約束、しただろう……? “ずっと一緒にいる”って。

 静佳に嘘、吐かれたな。

 けれどいつだって、静佳の嘘は僕の背中を押してくれる。

 静佳、僕は静佳が望んだ通りに生きてみるよ。生前の言葉、覚えているよ。

『創一君なら目指せるよ、学校の先生!』

 家柄の事なんて、どうでもいい。僕は、静佳が望む僕を生きる。

 これから静佳の代わりが表れたとしても、僕は静佳しか愛せない。愛したくない。

 ……静佳、一人で旅立たせてしまってごめんね。





 死ぬ最期まで、痛みはなかった。

 自分でも驚くくらいぴんぴんしているのに、体の自由は効かないし記憶は薄れていく。

 自分の記憶が徐々になくなっているのは、気付いていた。記憶がなくなる度、命が削れる音を聞いていたから。

 だからある日、目の前に来てくれた“彼”が誰だか思い出せずじまいになってしまった。

 彼のことを思い出そうとする度に頭は鈍く痛み、心臓が嫌な音を立てる。それでも思い出したかった。きっと自分にとって、大切な人なんだろうなって分かっていたから。

 思い出せたのは、死ぬ1秒前だったけれどね。

 ……創一君には、悪い事をしてしまった。“ずっと一緒にいる”って、大口叩いたのに。

 私は結局、何にも抗えず死んでしまったよ。

 ――ごめんなさい、創一君。