「……私、こういう本好きだったんだ。」

 はい、と手渡すと物珍しそうに小説を眺める静佳。

 その光景に胸が痛んだ。

『創一君、お願いがあるの。明日大好きな作家さんの小説が出るから、お願いできる?』

 昨日はそう言ってたじゃないか。それなのに、そんなあっさりと忘れているなんて。

 信じたくないけど、信じるしかない現実が嫌になる。

 本当にいつか僕のことも忘れてしまうんじゃないかと、言いようのない不安と恐怖に襲われる。このままじゃいつか、それが現実になってしまうかもしれない。

 なんて情けなく怯えながらも、僕は何もしてあげられない。ただ日に日に記憶をなくしていく彼女を、悔しく思いながら一緒に同じ時を過ごすしかできない。

 そんなものは残酷だ。何がどうしたって、残酷すぎる。

 静佳は言ってくれる。「創一君が居てくれたら、何にも要らない。」と。毎日のように彼女なりの励ましをくれる静佳に、僕は絶望するしかなかった。

 静佳、お願いだからそんな事言わないでくれ。静佳はただ、僕の隣で笑っていてくれ。僕のほうこそ、静佳が居てくれたら何も要らない。静佳だけが必要なんだ。