発症したのは今年の夏。今日まで静佳はたくさんの出来事を忘れてしまっていた。

 最初こそはなくなっても平気な些細な事ばかりで、何も知らない人から見ると物忘れが酷い人だと思われがちなものであった。

 このまま病気が進行しなければいい、このままだと僕のことさえも忘れられてしまう。

 治療方法が確立していないと知っていた僕は、日々静佳に忘れられないように願う事しかできなかった。

 僕は医者じゃないから静佳に何もしてあげられない、ただ傍にいるだけしかできない事実がもどかしい。

「……静佳、これ覚えてる?」

「…………ごめんね、思い出せない。何だったかな、それ。」

「これは静佳が僕の為にくれたキーホルダーだよ。静佳が去年の誕生日にくれたやつ。」

「そう、だったかな……。」

 仕方のない事だ、静佳はそういう病気にかかっているんだから。

 頭ではそう理解できている。理解しているつもりだ。

 それなのにやはり深く傷ついてしまう。これは静佳のせいじゃない。

 僕の、気持ちのせいだ。僕の気の持ちようだ。

「そういえば静佳の好きな本買ってきたんだよ。静佳は本当、恋愛小説好きだよなぁ。」