鬼灯家の没落は、事件から五年ほど経過した冬のことでした。
大戦の終了に伴う不景気によって疲弊していた鬼灯家は、その後の震災が追い討ちとなり、かつての勢力を完全に失っていました。
鬼灯家の最後の砦だった製薬会社が吸収合併により消滅してから数日後、倫太郎様はこの世を去りました。
鬼灯家の業から解放された喜三郎様の前に真っ先に現れたのは、学生時代の恋人の小百合様でした。
小百合様は喜三郎様に会えない日もずっと彼のことを想い続けていたのです。
他の男性に言い寄られてもその心が揺れることはなく、届くはずのない手紙を毎日のようにしたためていました。
ただ直向きに、喜三郎様のことを愛していたのです。
喜三郎様は、目を潤ませている小百合様に乾いた笑みを向けると、肩をすくめてみせました。
「……土地も屋敷も失ったよ。お父様の遺産も使用人や従業員への補償と兄たちの治療費に使った所為で、一銭も残っていない。だから残念だけど、もう君を幸せにはできない」
それを聞いた小百合様は首を大きく横に振り、涙を溢しました。
「大丈夫。私があなたを幸せにするから」
喜三郎様は驚いた表情を浮かべていましたが、やがて「ありがとう」と、小百合様の涙を拭いました。
これ以上先を覗くのは野暮というものでしょう。
私はその日から、喜三郎様の夢を食べることを止めました。
悪夢ではない夢を食べても、ただ虚しさが残るだけですから。
大戦の終了に伴う不景気によって疲弊していた鬼灯家は、その後の震災が追い討ちとなり、かつての勢力を完全に失っていました。
鬼灯家の最後の砦だった製薬会社が吸収合併により消滅してから数日後、倫太郎様はこの世を去りました。
鬼灯家の業から解放された喜三郎様の前に真っ先に現れたのは、学生時代の恋人の小百合様でした。
小百合様は喜三郎様に会えない日もずっと彼のことを想い続けていたのです。
他の男性に言い寄られてもその心が揺れることはなく、届くはずのない手紙を毎日のようにしたためていました。
ただ直向きに、喜三郎様のことを愛していたのです。
喜三郎様は、目を潤ませている小百合様に乾いた笑みを向けると、肩をすくめてみせました。
「……土地も屋敷も失ったよ。お父様の遺産も使用人や従業員への補償と兄たちの治療費に使った所為で、一銭も残っていない。だから残念だけど、もう君を幸せにはできない」
それを聞いた小百合様は首を大きく横に振り、涙を溢しました。
「大丈夫。私があなたを幸せにするから」
喜三郎様は驚いた表情を浮かべていましたが、やがて「ありがとう」と、小百合様の涙を拭いました。
これ以上先を覗くのは野暮というものでしょう。
私はその日から、喜三郎様の夢を食べることを止めました。
悪夢ではない夢を食べても、ただ虚しさが残るだけですから。