夢の主が相手とはいえ、妖である私には人間一人を破壊するなど造作もないことです。

 しかし、私は喜三郎様に攻撃することはありませんでした。

 その理由の半分は喜三郎様が上質な悪夢の提供者であるためでした。
 残りの半分は、意図せず覗いてしまった過去のせいで、私が鬼灯喜三郎という人間に興味を抱いてしまったためです。

 私が自分の正体を明かすと、喜三郎様は口元に手をやって何か考え込んでいるようでした。

 私は、喜三郎様が恐怖をしているのであれば都合がいい、と思いました。

 妖は人間に畏れられることで、その力を増大させていくからです。
 食事のために人の不幸を願うだけの矮小な存在だった私も、大衆の間で語り継がれる内に変貌していき、今では人間の夢の世界の支配できるほどの能力を有しています。

 しかし、予想に反して喜三郎様は穏やかな笑みを浮かべていました。

 「どうりで」と喜三郎様は口にしました。

 「最近寝つきがいいわけだ。君が悪夢を食べてくれていたんだね。ありがとう」

 私は言葉を失ってしまいました。
 許しを請われたり、泣き叫ばれたりすることは何度もありましたが、人間から感謝をされたのは、その時が初めてでした。

 喜三郎様は私の隣に腰掛けました。

 「もし良ければ、話し相手になってくれないだろうか。ここのところ、屋敷からほとんど外に出ていないんだ」

 「私が怖くないのですか」

 反射的に私は尋ねてしまいました。
 その性質はもとより、見た目も人の美的感覚からすれば醜悪そのものでしょう。

 「怖いかどうかは、もう少しお喋りしてから決めようかな」

 そう言うと、喜三郎様は人懐っこい笑顔を見せました。