私が喜三郎様と会ったのは、そんなある日のことでした。
 
 その日の深夜、勉強を終えた喜三郎様は自室にある薬祖神の像に手を合わせました。
 元々は鬼灯家の製薬会社の繁栄を願って購入されたものでしたが、事件後は後遺症に苦しむ兄たちの快復の祈願に使用されていました。

 それを知った私は、思わず口元を歪めました。信心が深い人間には取り憑きやすい(・・・・・・・)のです。

 私の正体は悪夢を喰らう妖です。
 人間たちの間では「(ばく)」という呼び名が定着しているようです。

 喜三郎様の睡眠時間はほんの二、三時間程度でしたが、連日のように濃密な悪夢を見て、(うな)されているようでした。私はするりと夢の世界に入り込み、全身でその悪夢を堪能しました。

 人間が見る悪夢は意味不明なものが多いのですが、喜三郎様の場合は過去に起きた出来事がまるで走馬灯のように駆け巡る映像でした。

 平和で幸福な日々から始まり、兄たちの入院、友人や恋人の別れ、孤独感、勉学と仕事に追われる日々……。

 妖である私には人間の希望や絶望を完全に理解することはできませんが、誰からも愛される善人にも関わらず、一つの悪意がきっかけで悲惨な運命に翻弄される喜三郎様の姿は、少し哀れに思いました。

 ふいに、悪夢を貪っていた私の手が止まりました。

 「君は誰だい」
 
 喜三郎様に声をかけられたのです。