正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

意気地なしの私はじめじめとした一日を過ごし、翌朝を迎える。

カビの生えそうな湿った空気を漂わせながら教室へ入ると、いつもより騒がしい気がした。

ざわざわした空間はいろんな音がぶつかりあっていた。

「あ! 武藤さん来た!」

教室の隅っこに人だかりができており、その輪から拓海が顔を出して駆け寄ってくる。

数ある音の中でもひときわ大きいそれは声にならなくても私を呼んだと理解した。

「お、おはようございます?」

一対一で話すことははじめてで、どんな顔をすればよいのかわからない。

人見知りのガードが発揮され、肩にかけたカバンの持ち手を握りしめる。

だが拓海に人見知りオーラは関係ないようで、勢いだけで破壊し腕を引っ張ってきた。

「ちょっと来てよ! 隼斗を慰めてやって!」

「え、ええっ?」

状況把握が出来ない。

何も理解していない頭は混乱だけで何も考えられなかった。


「……え?」

人の輪を抜けて見えた光景は目を疑ってしまう。

教室の隅っこで膝を抱え、彼が丸くなっていた。

それは悲壮感漂う姿で、あの明るい太陽のような彼からは連想も出来ない状況だ。

余計に混乱が増す中でキョロキョロすると、彼の自席になにかが置いてあることに気づく。


(なに? ……布?)

「隼斗! 武藤さん連れてきたよ!」

「……武藤さん?」

「えっと……何でしょう? だ、大丈夫?」


昨日のこともあり、気まずい。

だが鼻を赤くして涙目になる彼を見ていると放っておけなかった。

どうしてそんな辛そうな顔をしているのかと心配になり、彼の前に膝をついて手を伸ばす。

カーディガンの袖を掴み、じっと彼を見ていると余計に彼の目は潤みだしていた。


「かわいいってやっぱりいい……」

ギュッと手を握られる。

その手つきは変態そのもので、指で手のひらを押しつぶしては腹で撫でる。

人前で大胆すぎる情欲をみせた彼に私は真っ赤になって背筋を伸ばした。


「す、鈴木くんっ! 何やって……!」

「……ハッ!? ご、ごめん。が、我慢しなきゃ。武藤さん、離れて……」

そう言っておきながら一向に手が離れない。

周りは冷やかすばかりで、この場所に私の救いはなかった。