見えるのは病院の窓からの景色。
澄んだ空気に雲ひとつない青い空。
すごく綺麗な景色だ。

「ただいま、和人さん」

■■■

「おい、和人、和人起きろ!」
「んんぇ」

目を開けると、そこはポテトチップスとかのお菓子の空やゲーム機などが散乱している部屋だった。
そして、俺はその部屋のこたつで横になって寝ていたみたいだ。
俺は、情けない声をあげ起き上がる。

「おはよう、天野…」
「おはようじゃねーよ。お前何時だと思ってるんだよ」

目の前には、激怒する我が親友天野真一の姿があった。
天野は、こたつに入りながら壁掛け時計を指差す。

「お前、もう夜の9時だぞ。ゲームで負けたと思ったら急に寝るんだから」
「すまん、すまん。10時ぐらいになったら帰るから後ちょっと横にならせて」
「本当に、10時なったら帰れよ」

呆れた口調で天野はそう返事をする。
天野の、言葉で眠気が冷めふと夢のことを考える。

あの場所は、どこだ?
あの夢は何だったんだ?

もう、覚えていなかった。

ふと、俺は天野に話かけたくなる。
そして、こたつに横になりながら天野に背を向け俺は咄嗟に思いついた質問をした。

「なあ、生きる意味って何だと思う?」
「はあ?」

天野からは、疑問形の綺麗な「はあ?」が帰ってくる。
こたつで寝っ転がってるやつが背を向け急に深いことを言うので無理はない。

「いや、生きる意味ってわからないじゃん」
「まあね、でも個人個人生きる意味ってのは違って自分で探すもんなんじゃないの?」
「そんなもんかね」

俺は、天野にちょっと正論っぽいことを言われちょっとイラッとしたのでそのまま会話をぶったぎった。

「まあ、ふとそんなこと思うよな。俺も思うし。まあ俺の生きる意味はこの異常気象を解明することただ一つ!」
「はいはい、天気オタクを乙」

俺は、天野の1人語りを適当に受け流す。
でも異常気象を解明してほしいのは本当だ。
例年なら7月の今頃はセミが鳴いていて極暑だ。
しかし、3年前からの異常気象で7月にも関わらず真冬の天候だ。

「ていうか、もう10時なるぞ。明日も学校だし早く帰れ」
「へいへい」

俺は、天野に言われ重い腰を上げこたつから出る。
そして、ハンガーにかけてあったブレザーとコートを着て天野の部屋から出る。

天野は、玄関まで見送りに来てくれた。

「寒いな、気をつけて帰れよ」
「おう、ありがとう」

そして、天野宅を後にする。

外は家の中と違って極寒だった。
俺は、コートのポッケに手を入れ駅へ向かって歩いた。

居酒屋や飲食店、コンビニの光が妙なぐらいに目立つ。
それは、夜なのもそうなのだがこの3年前からずっと晴れない雪雲のせいも相まって余計に暗かった。

寒い…。
とにかく寒かった…。

3年前、東京でも大雪が降った。
当時は、交通網が全部麻痺、首都機能も麻痺した。

以来この地球の気候全体がおかしくなりその時から現在に至るまでこのとてつもない寒冷の異常気象が続いている。

氷河時代の再来という専門家も多いが未だにこの異常気象の原因は不明である。

3年前のその日から気象庁が出した異常気象宣言も未だに解除されいてない。

雪雲は晴れることがない…。
もう太陽は顔を出さない…。
青空が見れることもない…。

地球全体は、その日から寒く暗いムードになっていた。
そう、その頃だっただろうか…。
俺も暗い人間になっていったのは…。

一面雪が降りしきるこの雪原…。
見るだけで嫌気がさした。

駅に到着すると、真っ先にホームに向かった。
ホームには待合室がなくただ極寒の中ポケットに手を入れて突っ立って待っているだけだった。

ホームの電光掲示板を見ると次は快速電車でこの駅は通過する電車だった。
なので15分くらい突っ立って待つことになる。

駅に来ると未だに胸が苦しくなる。
もし、電車が来ると同時に飛び降りたら楽になれるのだろうか…。
そんなこともふと思う。

「はあ」

吐く息も白かった。

途方に暮れ、ふとホームの横を見ると、もう1人電車を待っている少女がいた。

その少女は、小柄で顔色が悪く、ものすごく厚ぼったいコートを着てマフラーを巻き、手袋をしてニット帽を被っていた。そのニット帽の後ろからは髪が出ていて肩に黒髪がかかっていた。

とても寒そうで今にも凍え死にそうな姿をしている。
すごい寒がりで、冷え性なのだろうか?

俺はその少女を見てそう思った。

『まもなく快速電車が通過いたします。黄色い線の内側までお下がりください』
駅のアナウンスがなった。

しばらくすると電車の汽笛の音、そして光それを合図にその少女は黄色線の内側までゆっくりと歩き始めた。 

嫌な予感がした。

俺は咄嗟に、その少女の元まで走り線路に飛び降りようとする少女の手を無理やり掴み思いっきり引っ張った。

「危ないじゃないか!」

驚いたので少し怒鳴り口調になってしまった。
話しかけても少女は黙ったままだった。

尻餅をついて、転けたままの少女に手貸そうとすると少女は涙を流していた。

「だ、大丈夫?…」

咄嗟に出た言葉はそれだった。

しかし少女は泣いて黙ったままだった。
もう一回手を貸すと少女は手差し出してきたのでそのまま立ち上がらせた。

「と、とりあえず、駅員室連れて行こうか?」

俺は少女に問う。

「いえ、大丈夫です…」

初めて口を開いた。その声は泣いた後の声と寒さも相まって震えており、今にも消えそうな灯火のようだった。

「いやでも君、具合悪そうだし」
「大丈夫です…」

頑なに大丈夫だと言い張る少女。
しかし、言っている姿は弱々しかった。

「あの、ありがとうございます…」
「えっ?」

少女は急に震えた声で感謝を口にした。

「正直、飛び降りようとした瞬間すごく怖くてやっぱり死にたくないっていう気持ちになりました」

多少声が震えていたが、涙がおさまったのかさっきよりは饒舌に話せていた。

「これに懲りたら、もうあんな真似するなよ。だいたい君中学生ぐらいだろ。この先人生長いんだから」

そう言うと、少女は少し曇った表情をした。
そして、ゆっくりと口を開く。

「こう見えて、私17歳の高校2年生なんです。小柄だから間違われやすいんですけど」
「そう、なんだ…」

少女の年齢が俺の一個下だったことに動揺してぎこちない返事をしてしまった。

「今日は、本当にすみませんでした!」

少女は全力で頭を下げ謝罪するとぎこちない走りかたでその場を去った。

残された俺は、1人電車に乗り家へと帰宅した。

しかし、なぜ彼女は飛び降りようとしたのだろうか…。

■■■

「和人さん、助けて…和人さん!」

誰かが俺に助けを求めてる…声?

■■■

「和人、和人!朝だよ!」
「はい…」

母親の怒鳴るような声が部屋の外から聞こえる。
あれ、また夢か。
また俺、変な夢みてたな。
内容は、あれ…覚えてないや。

「何、ぼーっとしてんの早く支度しないと遅刻するよ」

母が、俺の部屋のドアを開け一言。

俺は、パジャマから制服に着替えて学校に登校する支度をする。

「今日の天気は、1日中雪でしょう」
もう、分かりきった天気を毎日放送する天気予報。

そして、トーストを齧りいつものコートを羽織り家を出発した。

「まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」

電車内では、吊り革を掴みながら立ち好きなアーティストのアルバムをイヤホンで聴く。

電車内は、スーツや制服の黒色で覆われているそして、車窓から見える、真っ白な雪原。
いつもと同じこのコントラストで昭和のテレビのようなモノクロの光景。
俺は、この光景にうんざりだった。

「まもなく、極月、極月です。お出口は左側です」

地獄のアナウンスがなる。
学校の最寄駅に到着する。
俺は、これから1日が始まると思うだけで気が重かった。

電車のドアが開く。
車内から出るとそこは極寒だった。

今朝は、この極月駅に牡丹雪が降り注ぐ。

昨日の夜も、こんなに雪降ってたな。
そういえば、昨日この駅で…。

『正直、飛び降りようとした瞬間すごく怖くてやっぱり死にたくないっていう気持ちになりました』

昨日の記憶が一気にフラッシュバックした。

そこには、昨日と同じものすごく厚ぼったいコートを着てマフラーを巻き、手袋をしてニット帽を被っている人の弱々しい後ろ姿があった。

■■■

「まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」

電車内では、座りながら好きな小説家の小説を読む。

電車内は、スーツや制服の黒色で覆われているそして、車窓から見える、真っ白な雪原。
いつもと同じこのコントラストでオセロのようなモノクロの光景。
私は、このいつもの光景に嫌気がさしていた。

「まもなく、極月、極月です。お出口は右側です」

電車内のアナウンスがなる。
私は、読んでた小説に栞を挟み本をバッグへと入れ立ち上がる。

電車のドアが開いた。
車内から出ると外はものすごく寒かった。

昨日の夜と同じ駅のホームへと足を踏み入れる。
私は昨日この駅で…。

『危ないじゃないか!』

昨日の記憶が一気にフラッシュバックした。

振り返ると、そこには昨日と同じ背が高くコートを着て寒そうにポッケに手を入れている頼もしい人の姿があった。

■■■

その瞬間降る雪は静止し時が止まったように感じた。
俺&私はこの日からモノクロな風景に鮮やかな色が着色された。

■■■

「あ、昨日の…。昨日は大丈夫だった?」

俺は、話しかけるつもりはなかったが思わず話かけてしまった。

彼女も不意打ちだったようで数秒固まる。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「はい、おかげさまで大丈夫でした」
「そう、よかった。また、あんな真似しないでね」

俺は、そう一言返事をし改札を通ろうとした。
やはり1個下の年代のような女性と話すときは胸が苦しくなる。
早く立ち去りたかった。

「待ってください!」

その瞬間後ろ髪を引かれるような声が聞こえた。
振り返るとさっき会話をした少女が、その病弱そうな体で握り拳をして震えながらこっちを弱々しい目つきで見ていた。

相当緊張しているのだろうか…?
俺は、ゆっくりと少女の元へと戻った。

すると、さっきの声とは裏腹に小さなか細い声で
「夕方5時にこの駅で待ってます…」
そう彼女は一言。

俺は小さく頷き足早に改札を出て学校へと向かった。

■■■

黒板にチョークで字を書く音が、カツカツと鳴り響く。
黒板には、「Boys be ambitious」と書かれていた。

「えーこの言葉はクラーク博士の言葉として世に知れ渡っています」

先生が、一生懸命説明している中俺は上の空で窓の外を見ながら考え事をしていた。
あの子、さっき極月高校の制服着てたよな…。
17歳って言ってたし同じ高校の2年生か…。
放課後、駅に行くべきだろうか…。

キーンコーンカーンコーン

6限の終わりのチャイムが鳴る。
やっと1日から解放された瞬間。
背伸びをしていい気分…とまではいかなかった。
今日は、まだタスクが残っている…。

「おーい、和人」

後ろから聞き覚えのある声。
天野だった。

「なんだよ…」
「いや、帰ろうぜって言おうとしたけど…何か考え事でもしてる?」

天野が心配そうに俺を見てくる。

「いや、何にも…」

俺は、平然を装って答える。

「そうか、んじゃ帰るか。ってわけにはいかないな。和人何かあっただろ」

天野にはお見通しなようだ。
俺は、昨日や今日あったことを天野に話した。

□□□

「ええ、マジで!?んじゃお前5時に極月駅行くのか?」
「行かない…俺は行けない」

俺は、オーバーリアクションの天野と温度差が激しい返事をする。

「え!?何でだよ。その子可哀想だろ」
「なんでもだ」
「じゃあ。また俺ん家来るの?」
「そっちも行かない。さあ帰ろう」

俺は、机の横にかけてあるバッグを持ち強引に天野の背中を押して教室を後にする。
昇降口で靴を履き替え、天野と一緒に帰路に着いた。

そして、天野の家の前まで着く。
天野の家は、学校から近く同じ町にある。
なので、頻繁に立ち寄る。というかほぼ毎日立ち寄るそして夜までゲームをする。

しかし、今日は違う。

「じゃあ、天野じゃあな」
「おい待てよ、和人…」

天野が真剣な面持ちで引き止める。

「ん?」
「お前、心のリハビリ中だと思うけど頑張れよ」
「ん」

天野が帰り1人の下校となった。
俺には、さっきのあいつの言葉の真意が理解できた。

時間は16時50分。
走れば間に合う。

俺は、雪で滑りやすい道をひたすら走った。
雪混じりの向かい風が身体中に襲ってくる。
寒くて、冷たかったがひたすら急いだ。

駅に着いたのと同時に5時のチャイムが鳴る。
街灯の光がつき始め辺りはもう薄暗い。

「はぁはぁ。着いた」

俺は荒くなった息を整え駅舎へと入る。
入ると、今朝の少女がコートやマフラー完全防備で本を読みながら立っていた。

俺は、息を呑み彼女へと近づく。
すると、彼女は俺に気づきペコっと会釈をする。

「ごめん、遅くなって…」

俺は、開口一番謝罪した。

「いえいえ、5時ちょうどですよ。それに本当に来てくれたんですね」

彼女は、ちょっと口角が上がっていた。

「昨日の君を思い出してそして、君が気になって走ってきた」

多少息が上がりつつも返事をした。
そして、彼女が本をバッグに入れ話し始めた。

「私、ずっと昨日のお礼と謝罪をしたくて…。そしたら、朝同じ制服を着たあなたが駅にいたので…。私、雪野冬美って名前です。よろしくお願いします」

彼女は、自分の名前を名乗るとご丁寧に頭まで下げた。
そして、俺もつられて名乗る。

「夏宮和人です。よろしく」
「夏宮さんっていうんですね。夏宮さん、昨日は本当にありがとうございます。そして、すみませんでした…」

彼女は、ニット帽が脱げそうになるぐらい深々とまた頭を下げた。
頭を下げたままずっと動かない雪野さん。
俺は、どう反応すれば良いか分からなかった。

頭に血が上るよ。
反省したならいいよ。

ベストのチョイスはなんだ…。

頭の中に色々な選択肢が駆け巡った。

「と、とりあえず頭上げて。そんなにかしこまらなくていいから」

多分ベストな言葉をチョイスしたと思う。
俺がそう言うと、雪野さんは、ゆっくりと頭を上げた。

頭を上げると、長い髪がボサボサになっておりニット帽も少しずれていた。

そして、沈黙が5秒ぐらい続く。

「あの…」
「あの…」

喋るタイミングが被ってしまった。
気まずい…。

「どうぞ…」

雪野さんは静かに譲ってくれた。

「立ち話もなんだし、そこのベンチに座らない?」
「そうですね…」

俺たちは、駅舎の中にあったちょっと年季が入っているベンチに腰掛けた。

また沈黙が続く。

「俺、ちょっと飲み物買ってくるよ」
「はい…」

俺は、駅舎の外の自動販売機に向かう。
うぅ寒い。
やっぱり外は寒いな。

自販機には、ホットコーヒやホットココアあったかい飲み物がたくさん売っている。
反対に、冷たい飲み物は一段分しか販売されていなかった。
やっぱりあったかい飲み物だよな…。
俺は、ホットココアを2つ買いベンチへと戻る。

「はい、ココアでよかったかな?…」
「え、いや私は大丈夫です…」

遠慮する雪野さん。

「遠慮しなくて大丈夫だから」
「本当にいいんですか?ありがとうございます」

ココアを手渡すと、雪野さんは手袋越しに缶で手を温めていた。
それを見て、俺もホット缶で手を温める。

雪野さんは、今日1番の笑顔でココアを見つめていた。

『うわーありがとう!』

どうしても、雪野さんをあいつの影と重ねてしまう…。

「夏宮さんどうしたんですか?ボーッと…」
「い、いや何もないよ…」

雪野さんにまで心配をかけてしまった…。
やっぱりダメだ俺は…。

「夏宮さん、美味しいです。ありがとうございます」
「よかった」
「あの、夏宮さん」

雪野さんは、改まってこっちを向いた。

「どうしたの?」
「本当にありがとうございます。私、あの瞬間死ぬのが本当に怖かったです。なので夏宮さんには本当に感謝してます」

改めての感謝の言葉だった。

「俺も咄嗟だったからよくわかんなかったけど、雪野さんが無事ならそれでよかったよ…」
「なので、時間かかると思うんですけどお礼をさせてください」

雪野さんは、真剣な目つきで俺を見てくる。
お礼か…。

「いや、俺は…そんな。大丈夫だよ」
「夏宮さんは、命の恩人ですから絶対にお礼します」

遠慮しがちな雪野さんだかお礼のことに関しては頑固な様子だった。
命の恩人か…。

「じゃあ、楽しみにしてるね」

俺は一応そう答える。

「はい」

雪野さんは笑顔で返事をした。
その顔は昨日の雪野さんとはまるで別人のような顔だった。
一体何が彼女をここまで追い詰めていたのだろうか…。
そして、なぜ今日はこんなにも笑顔なのだろうか…。
俺は、不思議でならなかった。

「あのさ…」

俺は、今禁断の質問をしようとしている。
空気読めよ和人…。
ダメだぞ和人…。
こんな質問するべきではなことぐらい俺でも分かる。

「なんで、昨日飛び降りようとしたの?…」

言ってしまった。
聞いてしまった。
何してんだ俺…。

雪野さんは、俺の質問を聞いた後少し間を空け暗い表情で喋り出した。

「私、病気なんです。しかも、治療法が分からない先天性寒冷症と言う不治の病なんです」
「先天性寒冷症?」

聞いたこともない病名だった。
俺は疑問符だらけになったのと少し驚いたがその後も雪野さんは淡々と喋り続けた。

「今こんなに厚ぼったいコートを着てるのも病気のせいで私、生まれつき極端に体温が低くて凍りそうなぐらい体が冷たくて。そして年々体温が下がっていってる状態で…。今は痛みも感じ初めて思うように生活できなくて…。だから辛くてもう嫌だなって。なので…」

雪野さんは喋り終わり一呼吸を置いていた。

「そう、なんだ…。ごめん変なこと聞いて…」

すごく驚いたのと気まずい雰囲気に俺は耐えられなかった。
すごく後悔した。
自分を責めた。
病気なんて俺にはどうしようもない…。

ふと横の雪野さんを見ると、昨日の雪野さんを彷彿させるような表情をしていた。

俺のせいだ…。
また、雪野さんをあいつの影と重ねてしまう…。

なあ、雫俺どうすればいんだ。
雫お前ならどうする…?
俺は、心の中であいつの幻影に語りかける。

『そんなの、助けなきゃダメでしょ!バカ!」

きっと、こんなこと言ってるな…。
うん。
ごめんな情けなくて…。
でも、ありがとう。
俺は、一歩踏み出すよ。

「俺が、あの時みたいに昨日みたいに助けるよ。人生楽しくしてみせるよ」

俺がそう言うと、雪野さんは口角が少し上がっていたが瞳からは涙が頬をつたりボロボロと泣いていた。

「大丈夫…?」

俺は、その様子をじっと見ることしかできなかったがさっきよりも心が晴れていた。

「あ、ありがとうございます…」

雪野さんは、泣きながら一言そう答えた。
そして、俺は黙って小さく頷いた。

しばらくすると、雪雲が少し晴れ、雲の隙間から夕焼けの光が駅舎の中に差し込んできた。

駅舎の中は、夕焼けで茜色に染まり辺りは騒然とした。
そう3年ぶりに太陽が姿を表したのだ。

「ゆ、夕焼け…」

俺たちは、3年ぶりの夕焼けに圧倒された。
しかし、しばらくするとまた雪雲に隠れてしまった。
ほんの一瞬の出来事だった。

俺たちは、2人肩を落とした。

「久しぶりでしたね…」

泣き止んだ、雪野さんは小声で俺にそう囁いた。

「さあ、帰ろうか」
「はい!」

■■■

「まもなく、電車が参ります。黄色線の内側までお下がりください」

私は、帰りの電車に乗る。
車内は、ポツポツと人が乗っていたがなんとか座る席を確保できた。

私は、電車のいすに腰を下ろし車窓からの流れゆく景色を眺める。
と言ってももう外は真っ暗で何も見えなかったがずっと見つめていた。

朝とは真逆で電車内は、白い照明の光で覆われており車窓からの景色は真っ黒。
このコントラストでオセロのようなモノクロの光景。
でも、今は私の視界に入るもの全てに鮮やかな色がついていた。

今日は、本当に胸がドキドキする1日だった。
まさか、昨日助けてくれた人が同じ高校の生徒だったなんて…。
そして、朝奇跡的に再開することができた。

あの時、勇気を出して声をかけてよかった…。
そして、夏宮さんは約束通り駅に来てくれた…。

私が思ってた通りすごく優しい人だった…。
未だに高鳴る鼓動…。

今までずっと神様を恨み続けたけど今だけは、神様がいるなら「ありがとうございます」と言いたい。

さっきの夕焼けのように私の心にも一筋の光が見えた。

本当に経験したことない不思議な感情だ…。

■■■

「和人さん…和人さん!ありがとう…」

誰かが俺に感謝する声…?

■■■

バン!
「夏宮、寝るな」

先生に、机を教科書で叩かれる。
慌てて辺りを見渡せば、みんな黒板と真剣に睨めっこしていた。
授業中か…。
俺、寝てたのか…。

またなんか同じような夢見てたな…。
なんだっけ…。
また、忘れてしまった…。
でも、何故か大切な気がする…。

□□□

「和人、何授業中寝てんだよ笑」

笑いながら、茶化してくるのは昼食中の天野。
焼きそばパンを食べながら茶化される。

「いや気づいたらつい…。ていうかなんか最近変な夢決まって変な夢みるんだよな…」
「変な夢…?」

牛乳をゴクリと飲み干した天野は真剣な顔つきになる。

「それってどんな夢だ?」
「それが、すぐ忘れて全く覚えてない。情報は同じような変な夢を見てた気がするってだけ…」
「なるほど…同じような夢ねー。んーそれって予知夢じゃね」

天野は深く考え込み予知夢という答えを導き出す。

「予知夢?そんなことあるかね」
「まあ、信じ難いけど。というかお前が夢の内容忘れてたら意味ないけどな笑」
「あ、そっか」

勝手に予知夢にされて勝手に正論を言う感じいつもの天野だがコイツは今日テンション高いことを俺は知っている。

「なあなあ、お前昨日の夕焼け見ただろ!?」

ほらやっぱり。
コイツは天気オタクだ。
異常気象になる前は台風とかでも興奮するやつだから今回もと思っていたが案の定だった。

「見たよ、3年ぶりだったな」
「いやー俺はあの感動を一生忘れない!」

でもコイツの言うことはあながち大袈裟な事ではなかった。
適当にテレビをつけるだけでどこのチャンネルも太陽の話題ばかり。
そして、ネットニュースや記事も太陽のことばかりだ。
あの日以来ずっとこんな調子である。

この地球に小さい希望が見えてきたと言う専門家もいるがそれも科学的な根拠はない。
未だにこの寒冷現象の原因は謎である。
しかし、今回の太陽が出た現象で雪は少々小降りになり絶望から小さい光が見えてきたことは確実だった。

「なあ、天野」
「ん?」

天野は、目を丸くして振り向く。

「大体、この異常気象の原因って何?」
「難しいこと聞くねーこの居眠り男」
「うるせ」

天野は、そばで腕を組みじっくりと考え込む。
そして、唐突に語り出した。

「突発的だったから氷河時代の訪れでもなさそうだよな。1番有力な説だが…。だとしたら、もう雪女にこの地球は支配されたということに違いない!」

ダメだコイツ。
テンションが上がってていつも見たいな正常な思考ができてない。

「雪女とかお前そんなの信じてんのか」
「いや、信じてないけど。その昔天候を操れる人たちがいたってじいちゃんから聞いたぞ」
「んなバカな。そんなのただの都市伝説だろ」
「んまあ都市伝説だけどね笑」

俺たちは、笑いながら昼食を終えた。

そして午後の授業も終え下校の準備をする。
しかし、俺はまだ今日タスクが残されていた。
昨日雪野さんと約束した助ける、人生を楽しくさせると言う約束だ。
約束破ったらアイツに怒られそうだからな…。

「ごめん、待った?」
「全然待ってないですよ…」

雪野さんはまた駅前で立って本を読んでいた。
俺は一応10分前に来てるのにもう本読んで待っている。
雪野さんは、一体何分前から待っているのだろうか…。

しかし、昨日明日会おうと約束したものの何をすればいいのか?…
どうすれば楽しませることができるのだろうか…?

『ゲームセンター行きたい!』

そういえばあいつゲーセン大好きだったな…。

「雪野さんはさ、ゲームセンターとか行ったことある?」
「いや、行ったことがないです…」

じゃあもう行くしかない。

「じゃあ、行ってみよう」
「はい」

着いた先は、駅前のゲームセンター。
UFOキャッチャー、コインゲーム、ガチャガチャ色々なゲームがあった。
そして、ゲームセンター特有のあのうるさい音がした。

「ここがゲームセンター」

雪野さんに紹介する。

「ちょっと騒がしいところですね…」

雪野さんはそう返事をした。
まあ、確かに騒がしい場所ではある。

俺は近くにあった両替機で1000札を100円10枚に両替した。
そして、ぬいぐるみなどのUFOキャッチャーの台を見て回る。
すると、雪野さんが急に足を止めた。

雪野さんは、とあるUFOキャッチャーの台をまじまじと見ていた。
その台を見てみるとペンギンのぬいぐるみの台だった。

「この台にする?」
「はい、私ペンギン大好きなので…」
「よし、じゃあ俺と雪野さん交互に挑戦しよう!じゃあ先俺が手本見せるから見てて」

ちょっと先輩面してコイン投入口にさっき両替した100円硬貨を1枚投入する。

よし。
ペンギンの首を挟んでとるか。
アームはペンギンを挟み取れそうになるが直前で落下してしまう。

「まあ、取れなかったけど大体こんな感じ…」

終わって雪野さんの顔を見るとキラキラと目を輝かせていた。
そして、交代して雪野さんがコイン投入口に100円硬貨を投入しゲームを始める。

俺は、その姿を兄貴になったかのように見ていた。
雪野さんが、UFOキャッチャーをしている姿は初めて何かをする子供のように無邪気だった。

『取れそうだよ!』
こんな姿を見ているとアイツを思い出す。

雪野さんは雫と同じように無邪気な目、笑顔をしていた。
気づけば俺はUFOキャッチャーの台ではなくずっと雪野さんの顔を見てしまっていた。

「取れませんでした」

雪野さんは、悲しそうに一言。

「俺に任せて」

次は成功させるぞと、100円硬貨を投入する。
ペンギンの首よりの体を挟んでみるか。
アームを動かす。
アームは、ペンギンの体をしっかりと掴み無事ゲットできた。

「夏宮さん、すごいです!」

と言うのと同時に雪野さんは弱々しそうに手をパーにして俺に差し出す。

「ハイタッチです…」

雪野さんはそう恥ずかしそうに小声で言った。
俺も恥ずかしかったが小さくパンとハイタッチをした。

「はいこれ」

俺は、ペンギンのぬいぐるみを雪野さんに手渡す。

「え…」
「雪野さんが、欲しかったんだからプレゼント」

最初は、遠慮していたが最後は折れてもらってくれた。

「ありがとうございます。一生大切にします」

そう笑顔でペンギンを抱く。
俺は、その姿を見てほっこりともいえないなんともいえない感情になった。

「じゃ駅まで帰ろうか」
「はい!」

ゲームセンター出ると、雪は止んでいた。

「雪止んでるね」
「はい、傘刺さなくて済みます」

雪野さんは笑顔で答える。
俺たちは駅まで歩く。
そして、歩く道中気になる質問をしてみる。

「雪野さんは、なんでそんなペンギン好きなの?」

雪野さんは、ちょっと考え口を開く。

「ペンギンは空を飛べないけど鳥類だからです」
「なんか、深いね笑」

■■■

その日から、俺&私たちは毎日放課後会って遊んだり話したりした。

■■■

「美味しいです」
今日は2人でたい焼きを食べてみる。
雪野さんと過ごす瞬間俺は嫌なことが忘れられる。

□□□

「この本面白いですよ」
今日は2人でカフェで読書。
傷が癒えていく。

□□□

「これなんか可愛いです!」
今日は2人でウィンドウショッピングをした。

もう後からどんな試練や悲しいことがあってもこの瞬間だけは楽しませてほしい。
そう願うばかりだ。

俺は雪野さんにどんどん惹かれていった。

■■■

「テストの点数どうだった?」
今日は2人でテストの点数を見せ合いっこしてみた。
夏宮さんといるといつも胸がドキドキする。

□□□

「その服似合ってるよ」
今日は2人で服屋で色々服を試着してみる。
私は、夏宮さんの優しさにどんどん惹かれていく。辛い。

□□□

「相変わらず真っ白だけど面白いね」
今日は雪だらけの街をぶらぶらと歩いてみる。

私は、夏宮さんにどんどん惚れていった。
でも、これ以上好きにはなってはいけない…。
親しくなってはいけない…。
でもずっと一緒にいたい…。

夏宮さんは私が余命があと半年ないことを知らない…。

もう、心のストッパー…かけなきゃな…。

■■■

「和人さん…。私どうなるんですか…?」

誰かの悲しそうな声…。

■■■

ジリリリ。
目覚まし時計の音で目覚める。
時計の針は9時を指していた。

目覚めの悪い朝だ…。

今日は、冬美の通院に付き添う日か…。

俺、またなんか変な夢見てたな…。
なんか、悲しい夢だった…。
また、いつもの夢か…。
でも、今日はいつもと何か違った。

俺は頬を手で触ると涙の感触があった。

俺、泣いてたのか…。

俺は、布団から起きて出かける支度をする。
服を着替え、顔を洗い、歯を磨くといういつものルーティンをこなす。

「今日は、1日中曇りとなるでしょう」
最近の天気予報は分かりきった天気予報ではなくなっていた。

そして、コートを羽織って出発した。
曇りといえども寒いので俺はポッケに手を入れ駅までへと歩いた。

そして、電車に乗り目的の駅へと到着する。

待ち合わせ場所に到着すると、10分前にも関わらずいつも通り完全防具の冬美が立っていた。

その姿を見て、俺はすかさず声をかけた。

「冬美!ごめん待った?」
「あ、和人さん。全然待ってないですよ…」

俺が話しかけると、冬美はいつもより落ち着いたトーンで返事をする。
全然待ってないと言っているが冬美の性格からすると何十分も前から待っていたのだろう。

「冬美、本当は結構待ったんじゃない?」
「え、あ、いや…ぜんぜん…本当に待ってないです」

冬美はしどろもどろになっていたので本当に結構待ったのだろう。
でも、これ以上詮索するのはやめて本来の趣旨の話を始めた。

「今日は通院の日だよね?」
「はい…」

冬美は、コクリと頷いた。

「じゃあ行こう、案内お願い」
「はい…」

返事をすると、冬美がトボトボと歩き出した。
そのまま冬美に着いていく形で俺たちは目的地へと出発した。

今日は曇りといえど、街はまだ雪だらけで真っ白な光景だった。
そして、まだ寒かった。

「今日も今日とて寒いね」

淡々と歩く冬美に話しかける。

「寒いですね…」

と一言返事。
そのまま、終始無言で歩き続けると大きな建物が見えてきた。

「ここです」

俺たちは病院に到着した。
しかも屋上にはヘリポートがありこの辺りでは結構大きい病院だ。

「ここが冬美が通院している病院か。寒いからさっさと受付済まそう」

病院の、ロビーに入ると受付には窓口がたくさんあり、さすが大病院だと思った。

それと同時に、俺はこの病院になぜか特別な感情が湧き出た。
言葉では言い表せない感情。
懐かしいというか、既視感というか…デジャブ?
なんと言ったらいいかわからない。
でもなぜか不思議な感情になった。

「和人さん?和人さん」

冬美の呼ぶ声で我に返った。

「うん」

俺は情けない返事をする。

「どうしたんですか?ボーッとして」

冬美は不思議そうに聞いてくる。
不思議そうに思うのも無理もない、付き添いの人が病院のロビーで急に棒立ちになるのだから。

「いやちょっと考え事…。そんなことより早く受付済まそう」

俺は、心配させてはいけないと思い強引に話を逸らした。
そして、診察券その他諸々を出して受付を済ませ診察室の前の長椅子で二人並んで座った。
雪野さんは、午前の診療の最後の枠になっており結構な待ち時間だった。

「待ち時間結構あるね」
「いつも、そうなんです。私の病気は特殊で…診察にすごい時間がかかりますから」

そうなのかと納得する自分とやはり重い病気なんだと憐れむ自分がいた。
気を紛らわせようと、俺は天野の雪女の話をした。

「冬美は雪女とか信じる?」
「え?」

冬美は、困惑していた。
困惑するのは無理もない、急に説明も無しに謎な話を始めたからだ。

「いや、なんか俺の友達で天気オタクのやつがいてそいつのじいちゃんが雪女は存在してるとか言うんだって」

俺は半分笑い話にし説明した。
そして、冬美も納得したように答える。

「雪女ですか。私はそういう都市伝説は信じないです。怖いのが苦手ですから笑」

冬美はそう笑って答えた。
俺も信じないように冬美も信じていなかった。
多分信じる方が少数派だろう。

「だよね。おかしな噂も出回るもんだね笑」

しばらく話をし時間が経つと冬美の名前が呼ばれた。

「雪野さん、1番の診察室へどうぞ」

看護師さんの、その声で冬美は診察室へと向かった、そして、その後ろを周りの目を気にしながら着いていった。
心なしか、看護師さんにガン見されているような気がした。

「失礼します」

冬美は扉の前でそういうと奥から「どうぞ」という声が聞こえてくる。
それを合図に診察室へと入る。

「こんにちは、雪野くん」

そこにはメガネをかけた50代ぐらいの白衣を着た先生が座っていた。

「こんにちは先生」

冬美は、控えめに挨拶する。
そして、先生は無言で俺をじっと見てくる。
こんな、堅苦しそうな人にじっと見られると緊張するので冷や汗が出た。
そして、先生が口を開く。

「雪野くん、そちらは?」

冬美に尋ねる。

「こちらが、この前お話した夏宮和人さんです」

冬美は俺を丁寧に紹介した。
すると先生は、堅苦しい表情から笑顔になり話し始めた。

「おお、君が噂の夏宮くんかー。ご挨拶が遅れましたね夏宮くん。私は、雪野くんの主治医の霜月です。雪野くんの病気の研究も同時にしているんだ。よろしく」

改まって自己紹介をする霜月先生。

「初めまして、夏宮和人です。高校生です。こちらこそよろしくお願いします」

俺も改まって自己紹介をする。
そして、霜月先生が食い気味に話しかけてくる。

「ところでなんだけど夏宮くん、君雪野くんのこと助けたんだったね!すごいよ。国民栄誉賞だよ」
「は、はい…」

国民栄誉賞?大袈裟すぎる。
この先生の話のペースにはついていきづらい。
見た目とは裏腹におちゃらけた人だった。

「今日は定期検診だね。じゃあ雪野くんは早速検査室に向かってくれ」

霜月先生がそう言うと、何人かの看護師さんと冬美は診察室を出て検査室へ行った。
そして、俺は霜月先生と診察室に2人きりとなった。
霜月先生は、真剣な表情で話し始めた。

「君は、それなりに雪野くんと仲がいいらしいね。しかも、話を聞いてる限り君は雪野くんの心の支えになってそうだね」
「まあ、心の支えになってるかどうかは自信がないんですがそれなりに仲良くしてます」

俺はそう返答すると、霜月先生は眉間にしわを寄せ深刻そうな顔で口を開く。

「君になら言ってもいいだろう…。単刀直入に言うと雪野くんの余命はもう半年もない…」

え…?
どういうことだ…。
余命半年…?
この人、また冗談か…?
俺は、頭が混乱した。
1つの情報なのに、情報量が多すぎる。
俺は突っ込むように霜月先生に聞く。

「い、いや余命って冗談ですよね」
「私も冗談と言いたい。だけど、こればっかりは冗談じゃないんだ…」

霜月先生は、険しく悲しそうな表情だった。
俺はその表情を見て冗談じゃないと分かったのちに全てを察した。
だから、冬美はあの時あんなことを…。
だから、あの時あの表情を…。

俺の口は石になったかのように何の言葉も出なかった。
そして、頭が真っ白になった。

「夏宮くん、夏宮くん!」
「はい」

霜月先生の言葉で、放心状態から現実に戻る。

「このことは、雪野くんには内緒にしておいてくれ。それと雪野くんは君といると元気そうだし君の話を嬉しそうにするからこのまま面倒をみてやってくれないだろうか…」

霜月先生は俺にお願いをしてきた。

よ、余命…。
半年もない…。
その事ばかり頭を駆け巡る。
俺の感情はもう涙が出るとかそういう次元を超えていた。

そして、俺は生返事をする。

「任せといてください…。俺が最後まで付き添いますから…」
「頼んだよ…」

霜月先生との会話が終わってちょうど冬美が検査から帰ってきた。

「お待たせしました、和人さん」
「お、おかえり…」

俺は、なるべく動揺を悟られないように取り繕った。
そして、検査結果のデータを看護師さんから霜月先生に手渡される。
霜月先生は、喋り始めた。

「雪野くん、検査お疲れ様。今回の検査はね前回より数値がいいよ!体温もちょっと上がってるしこのまま頑張ろう!」

霜月先生は、さっきの悲しい顔が嘘なくらい良い笑顔で検査結果を冬美に報告していた。
そして、冬美を笑顔になって返事をしていた。
俺も強引に笑顔を作った。

この場のみんなが笑顔だった。
しかし、俺は悟った。
本当はみんなが心の中で泣いていることを…。

「2人とも今日はお疲れ様。じゃあまた」

霜月先生のそのセリフで、今日の診察は終わった。
俺たちは、診察室を出て会計で診療明細などをもらい病院を出た。

外は相変わらず寒く、また雪が小降りだが降っていた。

「良かったね。検査結果が良好で」

俺は、動揺を隠すため当たり障りのないことを冬美に言う。

「はい」

そう返事をすると同時に冬美はニッコリとこっちを向いて笑った。

『君になら言ってもいいだろう…。単刀直入に言うと雪野くんの余命はもう半年もない…』

霜月先生の言葉が脳内再生された。

この笑顔がもう…。
こんなに愛おしい笑顔が…。
誰か嘘だと言ってほしい…。

「冬美、何か欲しいものとかさ…ある?」

俺は、声の震えを押し殺して質問した。
冬美は、その場でじっくりと考え答えを出す。

「青空が見たいです。一面の雲ひとつない青空…」

そう答えた。
俺には、青空を見せることはできない…。
すごい無力感に襲われた。
でも、青空を見せてあげたい。
見せるしかない。
俺はそう心に誓い頭をフル回転させた。

「ちょっと俺について来て」

□□□

「ここは、どこですか?」

冬美は、周りをキョロキョロしながら俺に尋ねる。

「ここは、プラネタリウム。一緒に青空見よう」
「はい!」

冬美は、笑顔になり上機嫌になっていた。

俺は、2人分の入場チケットを買いプラネタリウムへと入った。

「では、いってらっしゃい」

係の人に、そう言われプラネタリウムの部屋へと入る。
入ると、俺たち以外誰もいなく貸切状態だった。

俺たちは、プラネタリウム独特の角度の椅子に座る。

「なんかワクワクします!」
「そうだね」

しばらくすると一瞬あたりが真っ暗になる。
そして、天井いっぱいの雲ひとつない青空が広がった。
そしてプラネタリウムの、説明が壁のスピーカーから聞こえてくる。

「この空は3年前の突然の異常気象で見れなくなった青空です。ほら鳥なんか飛んでいます」

スピーカーから鳥のさえずりが聞こえてくる。

「雨が止み、虹が現れました」

天井いっぱいに虹が映し出された。
すごいど迫力の虹だった。
そして、今は絶対見れないので貴重だった。

「次は、夜の空の旅です」

そう聞こえてくると、あたりは真っ暗になり天井いっぱいに夜空が映し出された。
天の川まで再現をされていた。

「真ん中に見える大きな切り込みのようなものが天の川です。英語ではmilkywayと言います。そして、三つの三角形のように大きくて明るい星があります。これをそれぞれこと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブと言います。この大きな三角形のことを夏の大三角形と言います。1年に1度七夕の日天の川を超えて織姫と彦星が会うのは有名な話です」

その後も季節の星座がいっぱい出てきて、青空も見えない星も見えない現状貴重な体験となった。
俺も、感動して心が浄化された気分になった。
顔をは見えないが、多分冬美も同じ気持ちになっているだろう。

「以上で空の旅は終了です」

そのアナウンスと同時に部屋が明るくなった。

隣を確認すると、冬美のその無邪気な瞳からは涙が溢れていた。
そして、俺が冬美を見てることに気づくと小さな少し涙ぐんだ声で喋った。

「和人さん…ありがとうございます。感動しました」
「良かった。綺麗だったね」
「はい…」
「じゃ帰ろうか」

□□□

お互い無言で駅へと歩く。
水混じりの雪をお互い踏む足音だけが鳴り響く。

『君になら言ってもいいだろう…。単刀直入に言うと雪野くんの余命はもう半年もない…』

余命あと半年か…。
あと俺に何ができるのだろうか…。
そうだ、俺がそばにいないでどうするんだよ…。
もう自分の思いを伝えよう。
俺は意を決した。

そして、駅へと到着する。

「和人さん、今日はありがとうございました。私が乗る電車そろそろ来るのででは…」
「ちょっと待って冬美」

俺は冬美を引き止める。
冬美は、振り向くと首を傾げる。

「俺さ、冬美のことが好き。だから、付き合ってほしい…」

告白を聞いた冬美は驚いてフリーズしていた。
そして、険しい表情で返答する。

「和人さん、ごめんなさい。私と深く関わると不幸になっちゃいます。だから、和人さんには迷惑をかけたくないのでごめんなさい…」

涙を流しながらそう返答して、冬美は改札の中へと入っていってしまった。
俺は、その後ろ姿を見て一人立ち尽くした。
冬美が改札の奥へと遠のいていく…。

「えっ…」

時間差で、現実を知る。
そしてまた頭が真っ白になる。

もう1回改札の奥を見るともう冬美の姿はなかった。

俺、どうすればいいんだ…。
なあ雫、俺どうすればいいと思う?
俺、この後どうすればいんだ…。

返答なんか…ないよな。

帰ろう…。
帰って寝よう…。

■■■

「ねえ、お兄ちゃん起きて!」
「んん?」

目を開けるとそこは俺の部屋だった。
そして、Tシャツ1枚姿のショートボブの見慣れたしつこいやつがそこにはいた。

そこには妹の雫の姿があった。
雫は、壁掛け時計を指差す。

「お兄ちゃんもう朝の9時だよ。もう本当に起きる遅い!今日映画見る約束じゃん」
「すまん、すまん。10時ぐらいになったら起きるから後ちょっと寝かせて。あと俺の部屋から出てけ」

いつものキンキンとした高い声で起こしてくる。

「10時に起きたら映画間に合わないじゃん!早く起きてよね!」
「へいへい」

俺は適当に返事をしながら雫をあしらう。
起きるかー。
あれ、俺なんかすごく長い夢を見てたような気がする…。
それも、悲しい夢…。
でも、もう覚えてない…。
なんだったのだろう…。

俺は、雫に急かされて起きる。
パジャマから適当なtシャツに着替えて支度をする。

「今日の天気は、1日中晴れでしょう。熱中症対策を忘れずに」
ここんとこ、ずっと晴れだな。

そして、朝ごはんのトーストを食べて準備万端。

「もう準備できたぞ」
「本当に遅いんだから」

呆れて、テレビを見ている雫が立ち上がる。

「行ってきます!」

俺たちは、家を出発する。
極暑で蝉が鳴く中、俺たちは最寄駅まで歩く。

「本当に暑いね」
「ああ、暑すぎる」

ヘロヘロになりながら駅へと到着した。

「まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」

電車内では、2人で座り好きなアーティストの話をした。

「でね、最新のアルバムがもう最高なの!帰ったらお兄ちゃんも聞いてみて」
「分かった。ここまで期待値をあげで最高じゃなかったら俺に100円払え」
「いいよ、絶対お兄ちゃん最高だったーとか言うから!」

俺たちは、こんなどうでもいい話で盛り上がるほど結構仲が良かった。

電車内は、平日の10時台なだけあってがら空きだったそして車窓から見える、鮮やかな景色。

「まもなく、極月、極月です。お出口は左側です」

映画館の最寄駅に到着する。
俺は、これから1日が始まると思うとワクワクした。

電車のドアが開く。
車内から出るとそこは極暑だった。

そして、また暑い中映画館へと歩いた。

「お兄ちゃん、映画楽しみだね!」

雫が胸を躍らせながら話しかけてくる。

「ああ、楽しみだけど暑い!」

映画館に到着すると俺は2人分のチケットを券売機で買った。

「ねえ、お兄ちゃんポップコーンも買ってよ」

また、余計なことを言ってくる。

「いいだろ、なくても。金の無駄だ」
「ムードが出ないじゃん!」

コイツときたらしょうがない。
1度言ったら聞かないからな。

「しょうがない。買ってやるか」
「やったー!」

雫は喜んで飛び跳ねていた。
その様子を見て俺も嬉しくなる。

そして、映画館の椅子に座る。
まだ、長い宣伝をしていた。

「ねえ、この映画どんな映画なんだっけ?」
「なんか、冬の映画。それしか俺も知らない。あ、始まるぞ静かにしろよ」

□□□

映画を見終わり、俺たちはシアターから出た。

「結構面白かったな雫ってお前泣いてんのか」

雫は、すすり泣きをしていた。

「だって、主人公とヒロインが可哀想で…。感情移入しちゃった…」
「確かに可哀想な結末だったな。あ、やばい電車もうすぐだ急ぐぞ」

俺たちは、映画の余韻に浸りながら駅まで急いだ。

駅に着くと、雫が妙なことを言って指差す。

「あの人、なんでこんな猛暑日にコートなんて着てるんだろう」

そこには、小柄で猛暑日にもかかわらずコートを着ている小学校高学年か中学生ぐらいの人がその人の母親らしき人と歩いていた。

「寒がりなんじゃない?」

俺は適当に答える。

「でも、流石に寒がりのレベルを超えてると思う…」

雫は、コートの人をすごく気にしていた。

「そんなことより、早く行こう。電車乗り遅れる」
「うん」

俺たちは、急いで駅のホームへの階段を登った。

「まもなく一番線に電車が参ります」

「早く、雫急げ電車くるぞ」
「お兄ちゃん待って」

雫は、息を切らしながら走って追いかけてくる。

「早く雫」

俺は雫を急かした。

「待っておにぃ、うあああ」

雫は、ホームで足を滑らして線路に落下しそうになっていた。

「雫!」

俺は叫んだ。

その瞬間、そこに居合わせたさっきのコートの人の母親らしき人が落ちそうな雫の手を引っ張るが逆に手を取られて二人とも転落してしまった。

「雫!雫!」

「黄色線の内側までお下がりください」

やばい…。
俺は、慌てて非常停止ボタンを押そうとした瞬間、、、

ガガガン。

鈍い音と共に電車は駅に到着した。

「ただいま、当駅で人身事故が発生しました」

「おい、雫…嘘だろ…」

俺の頭の中は真っ白になった。

「君邪魔だ、ボーッとしてないで下がりなさい」

駅員に注意される。

俺が、雫を殺してしまった…。
雫…。
雫…。

「ただいま、人命救助を行なっております。運転再開、復旧までしばらくお待ちください」

俺は視界が真っ暗になった。
俺が…。

そして、周りがガヤガヤし始めたのが耳で分かった。

「なんだ、急に雪が降ってきたぞ」
「風も強くなってきた!
「吹雪だ」

しばらくするとあたり一面雪で覆われた。

■■■

「雫、雫!」

はっ!
夢か…。
昔の、嫌な思い出の夢だったな…。
思い出したくもない過去だ…。
しかし、鮮明な夢だったな…。

起きると、暗くなっている自分の部屋にいた。
シーツは汗でベトベトになっていて気持ちが悪い。

雫はもう…いないんだったな…。
そして、俺は冬美に振られたんだったな。

俺はさっきの夢を思い出していた。

そしてとあることに気づいた。

昔見たあのコートの人って…!?
そして、一緒にいたあの人は…。

ふと、窓の外を見ると雪が大荒れで猛吹雪になっていた。

なんだこの天気は…。
夢じゃなかったのか…。
いやさっきの確実に夢だ。

スマホを見ると、天野からの不在着信がたくさんきていた。
俺は慌てて掛け直した。

「もしもし、天野か!」
「和人!やっと繋がったか。お前外の天気見たか!」

天野は、ものすごく慌てていた。

「見るも何も、風の音がすごい」
「ああ、急に猛吹雪なった。やばいぞ気象庁が特別警報を出してる!」

俺は、テレビをつけて確認する。
テレビをつけるとどのチャンネルも雪に関しての臨時ニュースだった。

「これ、どうなってるんだ…。天野…」
「俺でも原因はあまり分かっていない。でも俺なりに調べた情報がある。よく聞いてくれ、まず、お前が雪野ちゃんに極月駅へと会いに行った日太陽が顔を出した。そして、若干だがその日から気温が高くなっていき雪も小降りになっていった。そして、最近雪が降らなくなり平均気温が高くなったと思えば昨日から今日にかけてまた雪が小降りになり一気に吹雪だ。お前何か心あたりとかないか?」

極月駅。太陽。夕焼け。雪が小降り。余命。

「冬美!」
「何かあったか!?」
「悪い、天野。俺行かなきゃいけないところがある」
「そうか。行って来い夏宮和人!Boys be ambitious!」
「ありがとう!」

俺は、天野からの電話を切り急いで冬美に電話をかけた。

「もしもし」

携帯は繋がったが冬美の声ではなかった。

「もしもし、夏宮です!」
「この番号は夏宮くんか!雪野くんの主治医の霜月だ」

聞き覚えのある声だと思ったら霜月先生だった。

「冬美は、どこにいますか!?」
「雪野くんは、倒れて今ここに入院している。重篤だ」

冬美が倒れた…。
しかも、重篤…。

「今すぐ、行きます!」
「分かった」

俺は、急いで着替えコートを羽織った。
そして、仏壇の前に座る。
雫の写真を眺めて拝んだ。

雫、俺行ってくるよ…。

『早く行きなよ!お兄ちゃん!』

俺にはそう言われている気がした。
そして、立ち上がって出かけようとすると母に止められた。

「和人、こんな天気にどこ行くの!?」
「ちょっと用事…。行かなきゃ雫に怒られる…」
「雫?あんた何言ってるの?」

俺は、真剣な目つきで母を見つめた。

「どうなっても知らないよ。責任は自分で取りなよ」
「うん」

俺は家を出る。
外は猛吹雪だった。
一面真っ白で、前も見えづらい。
そして、強風で歩くのも困難だった。

スマホで、電車情報を見ても当たり前だが運休していた。

外は猛吹雪だった。
一面真っ白で、前も見えづらい。
そして、強風で歩くのも困難だった。

スマホで、電車情報を見ても当たり前だがどの路線も運休していた。

このままだと、病院に辿り着くことはできないそう絶望していると、
一台の空車のタクシーが通りかかった。

俺は急いで手を挙げた。
すると
タクシーは止まった。
俺は、急いで乗り込む。

「こんな天気にお客さんがいるとは思わなかったね。どちらまで?」

運転手さんは、行き先を聞いてくる。
俺は運転手さんに行き先を伝えるとタクシーは走り出した。

「まさか、急にこんな天気になるとはね」

運転手さんは、話しかけてくる。

「そ、そうですよね」

俺は適当に返事をする。
そして、また運転手さんは話しかけてくる。

「お客さんそんな険しい顔して、彼女さんでも倒れたのかい?」

的を得たような質問をしてくる。

「まあ、はい」

俺はそう答えると運転手さんは、ルームミラーで俺の顔を確認しながら喋り出した。

「お客さん知ってるかい、恋愛っていうのはねいかに我慢するか…っていうものでもあるんだよね。だから彼女さんには我慢させないようにお客さんが頑張ればいいさ」

俺は運転手さんの言葉がなぜか凄く腑に落ちた。
我慢させないようにか…。

「ほら、到着したよ。代金はまけとくよ。ほら急ぎな」
「ありがとうございます!」
「いってらっしゃい」

そう言われて俺はタクシーを降りた。
あの運転手さんすごくいい人だった…。
俺は急いで、病院に入り受付をし冬美の病室へとと向かった。

そして、雪野冬美様と書いてある病室へと入った。

そこには、点滴の管が入れられて冷え切って寝ている冬美と霜月先生がいた。

俺は急いで寝ている冬美に駆け寄って話しかけた。

「冬美、冬美!しっかり!」

だけど、返事はなかった。

「夏宮くん…」

その様子を見て、哀れんだ目で霜月先生はつぶやいた。

「霜月先生、俺霜月先生に言っておかなくてはならないことがあります」

そう言うと霜月先生は真剣な表情でこっちを向いた。

「冬美の心と地球の天候はおそらくリンクしてます。信じてもらえないかもしれなですけど…」

俺がそう言うと霜月先生は驚いた様子で喋り出す。

「君もそう思っていたのか…。私も薄々そうではないかと思っていた。間違いない、雪野くんの心とこの地球の天候はリンクしている。最初雪野くんの検査の数値が良くなっていたことに私は驚いたよ。でも数値の良い理由は分からなかった。でもこの間君たちが病院から帰った後ピンときたよ。雪野くんは、君と出会ったことによって心の氷がどんどん溶けていったんだ。つまり君が雪野くんの心を溶かしてたんだよ。そして、検査データから解析してみた結果雪野くんのストレス値と天気を照合した結果ピッタリと合致した。だから、雪野くんが君と出会った日から天気が良くなっていったんだ」
「やっぱり、そうだったんですね…」

霜月先生は、真剣な表情で頷いた。
そして、急に尋ねられる。

「でもなぜ、急に雪野くん倒れてしまって地球を吹雪にしてしまうほど心を閉ざしたのだろうか?何か心当たりはないかな?」
「俺、病院の帰りに冬美に告白したんです。そして、私といると不幸になるって断られました」
「なるほど、おそらく雪野くんは夏宮くんへの好きという感情を無理やり押し殺してしまったんだろう…。余命が短いことを理由に…」

俺は冬美に駆け寄って語りかけた。
「ごめん、冬美。俺がちゃんとしっかりしてれば…」

ガララ。

そんな、お通夜みたいなムードの病室のドアが開いた。

「ここは、雪野冬美の病室で合ってますか?」

入ってきたのは中年のおばさんだった。

「ああ、雪野さんの親戚の…」

霜月先生は、反応する。
正体は、冬美の親戚の人だった。

「私にも連絡が入り急遽飛んで参りました」

霜月先生が、病気のことなど俺に今まで話したような内容を説明していた。

□□□

「申し訳ございません。今現状雪野さんを救うことができなく…」

霜月先生は、謝っていた。

「冬美…」

冬美の親戚のおばさんは、冬美を見て涙を流していた。
そして、落ち着くとおばさんは語り出した。

「先生、全力を尽くしてくださりありがとうございます。それを言うと私も説明しなくてはいけないことがあります」

俺と、霜月先生は黙っておばさんの話を聞いた。

「冬美の母は雪女でした」

雪女って…!
天野が言ってたやつか…。

「雪女と言っても、世間が想像する妖怪ではなく普通の人間なのですが、生まれつき天候を操れる一族の生き残りでした。私もあまり詳しくは分かりませんが、他にも夢を操る能力など色々あるらしいです」

夢ってまさか…。
俺が最近見てた変な夢も、中学生の時に見たあの悲しく長い変な夢もまさか全て…。
俺は、信じられないような話だがを聞き入ってしまう。

「冬美の父は冬美は生まれつき体温が極端に低かったので雪女とのハーフで能力を受け継いでるんだなと思ったらしいです。そして冬美の父と母は冬美を普通の子として育てていたらしいです。母親もいるし能力は制御されており普通の子として育っていったらしいです。しかし3年前のある日、母親は電車の人身事故で亡くなってしまいました」

やっぱり、あの時の人は冬美の母親だったのか…。
俺は、すごい責任を感じた…。
そして、俺と冬美は同じ場所で同じ出来事で同じ傷を負っていたのか…。

「その日その現場に居合わせ母を失ってしまった、冬美はそれ以来心を閉ざしてしまいました。すなわち心が凍ってしまいました。それと同時に能力も暴走を始め、このような天候になってしまいました。
もちろん、冬美は普通に人間として育ったので能力のことなど分からないし使いこなせるはずもありませんでした。そして私たちも教えてませんでした。もっと心を閉ざすと思って。ましてや、自分の心と地球の気候がリンクしているなんて微塵も思ってないでしょう。私も今知ったぐらいですから…。冬美の父は、妻を失ったショックと雪女の能力の解明のため私に冬美を預け家を出ていってしまいました。私が冬美を預けられる時に冬美の父からこの話を聞きました。これが私の知る全てです」

冬美の親戚のおばさんは喋り終わりまた寝ている冬美を見ていた。
俺は話を聞き終わり、なんとも言えない感情になった。
そして、霜月先生は口を開く。

「つまり病気ではなく、雪女の能力だったと…。そして今、特効薬が愛情だと知っても雪野さんが目覚めないことには…。これはタラレバですが心を溶かし切ればこんなことにはならなかったのですか…」

霜月先生のその言葉を聞き俺は、ただ冬美を見ることしかできない無力感を味わった。

「そうだ、夏宮くん。冬美の部屋に和人さんへっていう袋があったから渡しておくね」

冬美の親戚のおばさんからは、何か入ってそうな綺麗な袋をもらった。

「では、入院のことについて詳しい話を…」
「はい」

霜月先生と、冬美のおばさんは何やら大事な話があるみたいだった。

「じゃあ、私たちは席を外すよ。君も遅くならないうちに帰るんだよ」

俺と冬美は2人きりになった。
そして寝ている冬美の手を握った。
手はとても冷たかった。
そして、俺は冬美に語りかける。

「冬美、2人きりになったよ…」

その綺麗な寝顔からは当然返事はなかった。

「袋、開けさせてもらうね…」

袋を開けると手作りの手袋が出てきた。
手袋…。
そして、手紙が添えられていた。

『夏宮和人さん
 あの日あの時あの場所で助けていただきありがとうございます。あの時の約束のお礼です。少し遅くなりごめんなさい。
最初に会った時から和人さんポッケに手を入れてて寒そうでした。なので私が、ずっと作り続けてたお手製の手袋です。青空が見えるようになるまで使ってください。
そして、あの時も5時に駅に来てくださりありがとうございます。和人さんが来てくれなかったら私はどうなっていたかわかりません。そして、来てくれた時は本当に嬉しかったです
                        雪野冬美』

そして、手紙の裏を見ると明らかにこの手紙とは別の日に書かれたであろう震えた文字が書かれていた。

『雪野冬美は夏宮和人さんのことが好きです』

「冬美…ありがとう…」

今出せる精一杯の震える声で寝ている冬美に感謝を伝えた。
俺は、拭っても拭っても涙が止まらなかった。
冬美…。
なんで…。

ずっと寝顔を見ていると今までの思い出が蘇ってきた。

『正直、飛び降りようとした瞬間すごく怖くてやっぱり死にたくないっていう気持ちになりました』

『夕方5時にこの駅で待ってます…』

『夏宮さんは、命の恩人ですから絶対にお礼します』

『ペンギンは空を飛べないけど鳥類だからです』

『雪女ですか。私はそういう都市伝説は信じないです。怖いのが苦手ですから笑』

『和人さん…ありがとうございます。感動しました』

俺は、寝ている冬美の横で号泣してしまった。

「ごめん、本当にごめん…。また明日もくるね」

それから俺は、毎日冬美の病室に通った。

■■■

「冬美、今日も来たよ」

いつも手を握って話しかける。

「冬美は今日は何してた?」

綺麗な寝顔に話しかける。
当然、返事はない。

「じゃあ、また明日来るよ」

■■■

「じゃあ、またな天野」
「ああ、今日も雪野ちゃんのところ?」
「うん」

「冬美、ごめん今日はちょっと遅れた」

■■■

俺は、冬美が倒れて以来ぽっかりと心に穴が空いたような感覚になった。
その穴を埋めたいのか分からないがずっと冬美の病室に通った。
どんなに月日が流れようと…。

■■■

「おはよう冬美、今日は休日だから一日ここに居させて…」

いつものように手を握る。
気のせいかもしれないが、日に日に手が温かくなっているような気がした。

「一緒にゲームセンター行ったよね。覚えてる?ほら冬美が選んだペンギンのぬいぐるみ」

俺は、閉じている瞳にぬいぐるみを見せる。
当然、目は開けてくれないし、口も開いてくれない。
当たり前だが、悲しかった…。

「じゃあまた明日もくるね…じゃあね」

■■■

「冬美、今日も来たよ。今日は学校早上がりだから今来たよ」

今日は、頭を撫でた。

「ほら、冬美がプレゼントしてくれた手袋大事に使ってるよ」

俺は手袋を見せた。
しかし、ずっと美しい寝顔で眠り続けている。
そして、冬美の寝顔を見る度に綺麗だなと毎回思う。

「じゃあ、時間だから行くね」

■■■

俺は、冬美との時間を失って気づいた。

俺にとって生きる意味とは冬美の存在であった事を…。

■■■

和人さんの語りかけてくれる声が聞こえる…。
私は、必死にその声に応える。

「和人さん、助けて…和人さん!」

「和人さん…和人さん!ありがとう…」

「和人さん…。私どうなるんですか…?」

必死に語りかけたけど通じなかった。

■■■

「母さん!母さん!」

私は、母が亡くなる瞬間を生で見てしまった。
私は、その瞬間心が凍ったような感覚になった。

「ただいま、人命救助を行なっております。運転再開、復旧までしばらくお待ちください」

私は視界が真っ暗になった。

そして、周りがガヤガヤし始めたのが耳で分かった。

「なんだ、急に雪が降ってきたぞ」
「風も強くなってきた!
「吹雪だ」

しばらくするとあたり一面雪で覆われた。

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「じゃあ、冬美をよろしくお願いします」
「分かってるけど、早く帰ってきてね」

それから、私はおばさんの家に預けられた。

そして、月日は流れ病気も悪化の一途をたどった。
もう死にたいずっとそんな気分だった。

でも母の17歳に冬美はいい事が起きるよという言葉を信じて生き続けた。
どんなに寒くても…。

そして、私が心を折れかけていた瞬間本当にいい事が起きた。

「危ないじゃないか!」

私はとある人に命を救われたのだった。
そして、その人は私を愛してくれた。
こんなに幸せな日々はないそう思った。

でも、私はその人に迷惑をかけてはいけないと自分の心の蓋を押さえつけた。

今でも後悔している。

あんなに優しい人の好意を…。
なぜ、私は…。
あの温もりを…。

でも、この瞬間も何故か温もりを感じる。
そして、声も聞こえる。

あの時と同じ声。ずっと聞いていた声。私の大好きな声。

「冬美、冬美!」
「和人さん…」

■■■

はっ!?
ここは、どこ…!?
病院…?
私、生きてるの?

私は病院のベッドに寝ていた。
そして、ベッドの隣の椅子には座りながら寝ている人がいた。

何度も見た顔。
安心する顔。

和人さんだった。
私が、起き上がった音で和人さんは目を覚ました。

「冬美…!冬美!目、覚ましたんだね!」
「はい、和人さんが私に語りかけてくれてた言葉全部聞こえてました」
「冬美、本当に良かった」

和人さんは、私の手を握りながら泣いていた。

「ごめんなさい和人さん私、余命のこと黙ってて」
「ううん、大丈夫」

そう言うと和人さんは私をゆっくりと抱きしめてくれた。
すごく温かかった。

「俺、冬美のおかげで自分の存在意義がわかったんだ。俺は冬美が好きだ」
「私も、和人さんのこと大好きです…」

サーーーーー。

その瞬間、雪雲は一瞬で晴れ、一面青空が広がり太陽が顔を出していた。
そして、心が凍ってる感覚もなくなった。

病院の窓からの景色は澄んだ空気に雲ひとつない青い空。
すごく綺麗な景色だ。

「おかえり、冬美」
「ただいま、和人さん」