「ああああ!! 夢璃ぃッ!! あんた何をおッ!!」
「日葵……」

 怒りに包まれた日葵の声があたりに響き、夢璃は肩を震わせて振り返った。
 それまで夢璃を拘束していた椿の根に捕らえられた日葵は、顔を真っ青にし、息も絶え絶えに夢璃を睨みつけている。
 そして、池の周囲で夢璃が犠牲になるさまを観賞していた両親を含む親族たちも、地面に伏していた。

「まさか……」
「夢璃やぼくたちにやろうとしたことを、お返ししてやったんだよ。……威力は低いから死んでないけど」
「良かった……」
「これまで夢璃にやってきたことと……ぼくにしたことも思い出すと、仕返しし足りないけど……。あやかしと人間が表立って争うことは、避けた方が良いでしょう?」

 血が繋がりながらも冷血な態度を取られていた相手へと気を配る夢璃に、司は不満そうに呟いた。

「妹は相当霊力を奪われたみたいだから、回復は絶望的だと思うよ。術師としての未来もね」

「自業自得だね」と言って、司は夢璃の瞳に日葵を映さぬように、赤金色の衣で彼女の目を塞ぐ。

「夢璃、あやかしの暮らす国に一緒に行こう。今まで出来なかったことを、めいっぱいやろうよ」
「……うん!」

 夢璃の未来への期待感に満ちた答えに、司が微笑み優しく手を引く。脱力気味の夢璃は意図せず司の胸に飛び込んでしまい、顔を赤くした。
 そんな夢璃に対して、司は少し不安そうに問いかける。

「大好きだよ、夢璃。……夢璃は?」
「私も、司が好き。司が死んだと思ったとき、思い出がなくなるかもしれないって思ったとき……。司のことが好きだって……ずっと一緒にいたいって気付いたの」

 真っ直ぐに愛を伝えようとする司に、夢璃は照れくささを感じながらも真剣に答えた。

「だから、一緒に生きよう」

 池に浮かぶ椿は、夢璃と日葵の霊力によって満たされ、紅一色へと染まっている。
 初めて姉妹の霊力が合わさったと同時に、決別の証となって咲き誇るそれは、金魚のあやかしと虐げられた少女の新たな門出を祝っているようでもあった。

 微笑んだ司が赤金色の衣で優しく守るように夢璃を包み、水中へと誘う。
 底があるはずの池はいつの間にか別の空間と繋がり、彼らは奥深くへと泳いでいく。
 水中で呼吸を堪えようとする夢璃の唇に、司が優しく触れた。

『夢璃、ぼくたちはずっと一緒だよ』

 司の赤金色の衣が、地上から差し込む光に照らされて美しく輝きながら水に靡く様子は、彼が魚の姿をしていた頃と何一つ変わらない。
 ただひとつ、違うのは……ガラスを隔てた先にいた夢璃が、彼の腕の中で抱きしめられていることだけ。

〜了〜