夏休み直前の七月のある日。四限目の終わりのチャイムが鳴り響き、私はいつも通り屋上へ行こうと教科書と筆記具を片付けて屋上へ上がる準備をしていた。

 そんな中、ふとクラスメイトの声が聞こえてくる。

「蓮見さん、いっつも一人でどっかに行ってるよね」
「他のクラスにでも行ってるんじゃない?」
 ビクビクしながらちらりと声のした方を見やると、話していた二人は既に別の話題を交わしながら前後の机をつけてお昼を食べる準備をしていた。

 別に何を言われても私は平気だ。あの子たちと関わることもないだろうし。
 そう自分に言い聞かせて教室を後にする。胸の辺りがチクリと痛んだような気がするが、多分気のせいだろう。


 屋上への扉を開けると夏の鋭い日差しが差し込んできて、私はつい目を細めた。今日はとても暑い。夏の制服は男女共に長袖と半袖があるが、今日は半袖を着てきて正解だった。

「蓮見さん、こんにちは」
 既に葛西先輩は屋上にいて、こちらをみると柔らかい笑みで迎え入れてくれた。いつもと変わらない先輩に、なんとなくほっとする。

「こんにちは、先輩」
 先輩に挨拶を返して少し距離を開けて座る。お弁当を広げていると視界の端にハンカチで汗を拭う先輩が映った。この暑い中、先輩は長袖のワイシャツを着ていた。それも袖まできっちりボタンを留めて。

「今日は暑いねぇ」
 そう言いつつ鞄を開ける先輩の額には早くも汗が滲んでいた。

「先輩、凄い汗ですよ。せめて袖捲ったらどうです?」
「ううん、大丈夫だよ」
 ありがとう、と口にして先輩はもう一度ハンカチを手にして汗を拭った。右の袖口から微かに青い染みのようなものが見えた気がして私はふと何気なく聞いた。

「先輩、手首のそれ痣ですか?」
大丈夫ですか、と続けようとした時先輩がギクリと目に見えて動揺したのが見てとれた。いつも微笑みの形から表情を崩さない先輩にしては珍しい。

「……大丈夫だよ。ちょっと転んで打っただけ」
 それ以上上がらないだろう袖を一生懸命引っ張りながら先輩は私の方から目を逸らした。
 

 それ以降は特に変わったやり取りもなく、半年過ぎて先輩は卒業した。連絡先も聞いてなかったから卒業後のことは分からなかった。

 二年後私も中学を卒業し、高校で先輩との再会は果たせなかったものの、静那ちゃんと出会うこととなる。