とある田舎の一軒家。

 そこには、ごく平凡な老夫婦が住んでいた。

 静かな山の上に立つその一軒家には穏やかな風が吹き、庭にはテレビから漏れた音が小さく響いていた。

『では、次のニュースです。フレア・ウィルス感染者は減少し、マスク無しの交流も解禁されましたが、都市部の学校ではしばらくオンライン授業を……』

 テレビのニュースを見ていたおじいさん、ひろしは下を向いて少し悲しそうな表情を浮かべた。

 そして、その視線の先には最新VRゲーム機『VR-GigBox』の箱が置いてあった。

 これは孫の誕生日プレゼントに買っておいたVRゲーム機で、夏休みに渡す予定だった。

 しかし孫たち一家はフレア・ウィルスに感染してしまい、おじいさんたちの家に遊びに来れなくなってしまったのだった。

 おじいさんが肩を落としていると、奥からおばあさんがお茶を持ってきて、おじいさんに声をかけた。

「あなた、あの子たち今年は来るのが難しそうだし、それ郵便局から送ってあげたら良いんじゃない?」

「そうか……。そうだな。手渡しして喜ぶ顔を見たかったけれど、仕方ないな。ちょっと行ってくるか」

 おじいさんはVR-GigBoxを両手で持ち上げた。が、手を滑らせた。

「あっ!」

 ガシャン! ボコッボコッ! ビチャッ!

 VR-GigBoxは、おばあさんが持ってきたお茶の上に落ちると、転がって縁側(えんがわ)を飛び出し、庭の水たまりに着水(ちゃくすい)した。

「……」

 おじいさんとおばあさんは固まったまま数秒VR-GigBoxを見つめた。

「ああ、これはいかん」

 慌てたおじいさんは庭へ出てVR-GigBoxを拾い上げたが、すでに外箱はヨレヨレで泥だらけになっていた。

 おじいさんは急いで縁側(えんがわ)にあったタオルでゴシゴシと拭いたが、水でヨレヨレになった外箱はベロリと()がれてしまった。

「あ……」

 それを見たおばあさんは、静かにおじいさんに言った。

「おじいさん、もう一つ買ってあげましょう」

「……ああ」

 おじいさんは静かに(うなず)くとボロボロのVR-GigBoxを持って戻った。

 ◆

 居間に戻ったおじいさんは、なんとなくボロボロになったVR-GigBoxを開けてみると、中は意外なほど綺麗だった。

「あぁ、中は綺麗そうだな」

 おじいさんは梱包されていた弁当箱ほどのVR-GigBoxと脳波検出機能搭載の超薄型VRグラス、そしてコントローラーを取り出した。

 VR-GigBoxの外箱には『最高の没入感。VR MMO ザ・フラウ プリインストール版』と書いてあるフィルムが貼ってあった。

「VRんんも?」

 おじいさんは小さく呟きながらフィルムを剥がすと、VR-GigBoxの液晶が画面に何かが表示された。

『VRグラスとコントローラーの認証を開始します。VRグラスとコントローラーを置いてください』

 それを見たおじいさんはVRグラスとコントローラーを置いてみた。

 ポーン

 すると、すぐに音が鳴って認証が完了した。

 おじいさんは「?」となっていたが、液晶画面に何か書いてあったので読んでみた。

『VRグラスとコントローラーの認証が終了しました。さあVRグラスをかけてザ・フラウの世界へ出発しましょう! ー 電池残量:85% ー』

  おじいさんはVRグラスをかけてみた。

「おおー! おばあさん、こりゃ凄いぞ!」

 おじいさんの目の前には中世ヨーロッパのような街並みが広がり、大きな時計台の前に立っていた。

 すると、おじいさんの目の前に小さな妖精の女の子が現れて話し始めた。

「はじめまして! わたしはあなたのパートナー! わたしの名前を決めてね!」

「ええと……、わたしがあなたのお名前を決めてもよろしいのでしょうか」

「はいっ! わたしの名前を決めてね!」

「あぁ……、では……、節子さんでお願いいたします」

「はいっ! わたしの名前は節子さんです!」

 横で見ていたおばあさんは、少し気味悪そうにおじいさんを見ていた。

 するとおじいさんの目の前の画面がキャラクター設定の画面に移行した。

「では、次にあなたの名前を決めてね」

「あ、ひろし、と申します」

「ひろし、さんですね。決定でよろしいですか?」

「はい、宜しくお願いします」

「名前は、ひろし、に決定しました。では次に種族と職業を決めてね」

 おじいさんの目の前には、人間、獣人、エルフや、騎士、弓使い、魔法使い、召喚士など、様々な種族と職業が表示された。

 おじいさんは良くわからなかったので正直に答えた。

「わたしは年金生活ですので、無職です。あ、人間です」

「はいっ! 無職の人間ですね! では次はステータスを割り振ります。100ポイントを自由に割り振ってくださいね!」

 おじいさんの目の前には、

 物理攻撃力 _0ポイント
 魔法攻撃力 なし
 物理防御力 _0ポイント
 魔法防御力 _0ポイント
 素早さ   _0ポイント
 器用さ   _0ポイント

 の表示が現れた。

 しかし、おじいさんはどうやって入力して良いのかわからず、節子さんに聞いてみた。

「ええと、ポイントを割り振れば良いのですね……。あのぉ、どうやって100ポイントを割り振れば良いのでしょうか」

「脳波かコントローラーで入力してね!」

 節子さんがそう言うと、視野の右下に赤い矢印とコントローラーが表示された。

「あぁ、これはどうもすみません」

 おじいさんは節子さんに頭を下げてコントローラーを手に持つと、画面にテンキーが表示された。

「えぇと、コントローラーのボタンを……」

 おじいさんは慣れないコントローラーを使って、数字を選んで押していった。

『1』

『0……00000000000000』

 おじいさんはボタンを離さなかったので「0」が押され続けてしまった。

 すると画面に警告が表示された。

『最大値を超えたので100に修正しました。よろしいですか』

「おや、ボタンが言うことを聞かないぞ?」

 おじいさんはそう言うと、ボタンをガチャガチャと連打した。

『はい』

『これで決定でよろしいですか』

『はい』

『ステータスの割り振りが完了しました』

 おじいさんはボタンを連打していたので、すべて「はい」になってしまい、結局ステータスはこのようになってしまった。

 物理攻撃力 100
 魔法攻撃力 なし
 物理防御力 0
 魔法防御力 0
 素早さ   0
 器用さ   0

 こうして、おじいさんのVRMMO生活が始まったのであった。

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