航太からもらった、たくさんのホワイトシチュー。
 なんだかんだ言って、しっかり綺麗に平らげてしまった。
 久しぶりに人の暖かさというか。優しさを感じる。

 一人暮らしを始めて10年近く経つが、俺は自炊なんてしない。
 だから朝はトーストのみ、昼はカップ麺。
 夜は晩酌をするから、コンビニで適当につまみを買って酒を飲む……。
 不摂生の極み。

 数年ぶりに食べた手作りの料理で、身体が喜んでいた。
 温めたシチューをおかずにして、トーストを何枚もおかわりしてしまった。
 食べ終えて、キッチンのシンクの上に置いた鍋を見つめる。

 やっぱり洗って返すべきだよな……。
 作ったのは、母親の綾さんだろうし。
 洗い物なんて大嫌いだが、借りものだからちゃんと洗うか。

 ~それから、数時間後~

 夕方になりアパートの外から、何やら声が聞こえてきた。

『いいって! オレは外にいたいのっ!』
『航太、またそんなこと言って……風邪を引くわよ』

 この声は、お隣りの綾さんと航太か。
 ドアの閉まる音が聞こえたところで、俺はさきほど洗った鍋を手に持つ。
 玄関に置いてあるサンダルに足を入れると、外へ出る。

「あ……」

 すぐに気づかれてしまった。
 航太は頬を赤くして、下から俺を見上げる。

「よう。また会ったな」
「うん……」
 
 毎度のことだが、母親の綾さんが家に男を連れているから、元気がないな。

「昨日はありがとな。綾さんにお礼を言ってくれよ、シチューうまかったってさ」

 そう言って、鍋を差し出すと。
 何を思ったのか、航太は鍋を叩き落とす。
 
「なに言ってんだよ! おっさん!?」
「へ?」
「あのシチューはオレが作ったの! 母ちゃんが料理なんて作れるわけないじゃん!」
「ウソだろ……?」
「本当だって! 母ちゃんは夜の仕事で忙しいし、酒飲みだから。オレが料理を作ってるの!」
「……」

 思った以上に、複雑な家庭のようだ。

  ※

 まさか男の航太が作ったシチューだったとは……。
 しかし、うまかったのは事実だ。
 改めて彼に頭を下げ、自分で洗った鍋を返す。

「ありがとう、航太。うまかったよ」
「本当? なら良かった……」

 頬を赤くして、恥ずかしそうに鍋を抱える航太。
 しかし、中身を確認すると態度を一変させた。
 人差し指で鍋の底に触れて、眉間に皺を寄せる。

「おっさん。これちゃんと洗ってくれたの?」
「ああ、一応洗ってみたが……汚れ落ちてないか?」
「全然キレイじゃないよっ! 洗う前にキッチンペーパーとかで拭いてないの!?」

 なんかすごく怒られている……。
 キッチンペーパーなんて、自炊をしない俺が家に置いているわけないだろ。

「わ、悪い……そういうの持ってないし、洗い物なんて普段しないから」
「えぇ……じゃあ、おっさん。普段のご飯とかどうするの?」
「どうって、コンビニでパンとか、カップ麵を買って食べるけど。極力、洗い物は出さない生活だな」

 俺がそう答えると、信じられないと言った顔で、呆然とする航太。

「そんなんで、生きていけるの?」
「ああ、もう10年間ぐらい……」
「……アパートの間取りは一緒でしょ? ちょっとキッチン見せて!」
「おい、ちょっと……」

 俺の手を振り払い、勝手に人の家に上がり込む。
 アパートの玄関に入ると、すぐ左手にキッチンがあり、右手はトイレとお風呂だ。
 リビングというものはなく、6畳一間の和室があるだけ。
 
 学生時代から住んでいる1Kの狭い自宅だが、長年住んでいることもあって、物であふれている。
 ほぼ要らないもの、学生時代の参考書や好きな作家の小説、マンガ。古いゲーム機など。

 そこに足を踏み入れた少年は、驚きのあまり固まっていた。

「き、汚いっ!」

 と言いながら、自身の小さな鼻をつまむ。
 汚い部屋だと自覚していたが、そんなに臭うかな?
 
 そういえば、航太が数年ぶりのお客さんになるか。