喫茶店の駐車場で、元カノの未来と黙って見つめ合う。
もう10分は経ったんじゃないだろうか。
未来は、綾さんのことを誤解している。
とにかく、それだけはしっかりと否定しておかなければ……。
「なあ、未来。俺さ、ちゃんとお前のことを見ていたかって、言われたら……自信はないけど」
「……うん」
「それでも、付き合っていた頃。他の子と浮気なんて、しなかっただろ?」
「知ってる」
「じゃあ、信じてくれてもいいだろ? 綾さんは本当に隣りの人で、何もないんだ」
「……」
必死に説得しているつもりだけど、最後の言葉には同調してくれない。
一体、なぜだ?
「わ、私だって……学生時代から、翔ちゃんのことはよく知っているつもり……」
細い肩を震わせて、未来が何かを訴えかけている。
ここは黙って聞くことにしよう。
「でも! 最近の翔ちゃんは、本当に違うもん! 別れる時、”優しい噓”をついてくれた翔ちゃんじゃない!」
そこまで言い切られると、俺も言い返さないと気が済まない。
「ど、どうしてだよ? ていうか、一体なにがそんなに違うって言うんだ?」
「そんなの見れば、すぐに分かるよ……その顔」
「は……顔?」
思わず、自身の頬を両手で触ってみるが、特に変わったところはない。
※
「さっき喫茶店の外から、翔ちゃんとあの女の人が一緒に食べているところを見ていたけど……。私が見たことのない優しい顔をしていた!」
「……」
ちょっと待て、いきなり指摘されたから、頭の中で処理できない。
俺が綾さんと一緒にいて、楽しそうにしていた? いや、優しい顔をしていたと言うのか……。
あ、その中にもう一人いたな……。
航太の存在だ。
「待ってくれ……未来。それは本当に綾さんじゃない」
未成年の男子中学生、航太と一緒にいたから「お前より優しい顔をしていたんだ」とは言えない。
「じゃあ、なんで?」
「そ、その……恋愛とかじゃなくてだな。友情というか……」
と苦しまぎれの言い訳をしていたら、未来が俺の目を見て叫び声を上げる。
「ああっ! まさか……翔ちゃん!?」
口を大きく開いて、必死に両手で隠そうとするが。
あまりの衝撃に、驚きを隠せずにいるようだ。
「ま、待ってくれ! さっきも言った通り、恋愛感情じゃなくて……」
そう説得しようとするが、彼女は聞く耳を持たない。
「ウソでしょ!? 相手は未成年の男の子だよ!?」
「……」
さすが、元カノだ。
全てバレてしまった。
※
俺がずっと気になっているのは、同い年のシングルマザー。
美咲 綾さん……ではなく、その息子。航太だ。
自分でもこの気持ちは、好きとかそんな簡単な感情じゃない。
ただ、俺は……あの子とこれからも、仲良くやっていけたらと思っている。
俺が好意を寄せている相手が、男の子だと知って。
元カノの未来は、黙り込んでしまう。
「その、俺はあの子を、航太のことをそんな目で見ていないんだ」
「……じゃあ、どんな関係なの?」
「決してやましい関係じゃない。ただの友達、たまに二人で遊ぶ仲だよ」
そう説明したが、未来は納得していなようで、また黙りこんでしまう。
視線を地面に落として……。
しばらく沈黙が続いたが、何かを思い出したようだ。
ハンドバッグの中から、スマホを取り出す。
「私、実はずっと応援していたんだよね……」
視線はスマホに向けたまま、喋り始める。
ずっと、人差し指で画面を触っている。
「なにがだ?」
「翔ちゃんと別れても、エロマンガの原作者、SYO先生を……」
「!?」
まさか、未来が俺の書いているエロマンガを読んでいたとは。
正直、読んで欲しくなかったし、応援もして欲しくない……。
だってあれは、元カノをそのままネタにしたものだ。
特に、ムチムチコスプレイヤーシリーズは。
「最近さ、作風変わったの?」
「あ、ちょっと担当さんに言われてな……新しいものに挑戦しているんだ」
「ふぅん……」
なんだろう、この無言のプレッシャーは?
元々、未来という彼女は温厚で優しい人間だったのに、ものすごく冷たい声で話す。
「俺の作品が一体、何だって言うんだ?」
「あのね……お仕事だし、私は振られた身だから強くは言えないけど。こういう作品を実体験を基に書いてない?」
そう言って、自身のスマホを俺に向ける。
「は?」
彼女が突き出したスマホを覗き込むと、画面の中にはとあるマンガが映し出されていた。
俺が原作を担当した、ロリものだ。
高熱を出した女子中学生の家に上がり込んだ主人公が、看病と言いつつ。
座薬と一緒に、自身の欲望を幼い少女で満たす……。
この前、航太を看病した体験を基に書いたエロマンガだ。
「み、未来……これは、あくまでフィクションで……」
「前作と比べて、そう言える?」
「……」
なんて、返せばいいんだ。